フォーラム「あさっての美術館」レポート
「未来のミュージアム」を展望し、ミュージアムのあるべき姿を探るこのフォーラム、登壇者は、川崎和男さん、石黒浩さん、毛利衛さん、蓑豊さん、と兵庫県立美術館で館長を務める蓑さん以外は美術分野の専門ではない方々。それぞれの専門分野のお話が面白く、未来の美術館に対しても刺激的な意見をお持ちでした。

各専門分野から多岐にわたる意見が交わされました
プレゼンテーション
プログラムの最初は大阪大学大学院の教授で、デザイナーでもあり医学博士でもある川崎和男さんのプレゼンテーションです。2006年、金沢21世紀美術館で行われた「川崎和男展-いのち・きもち・かたち」(※1)を中心にお話をされました。ご自身の35年にわたるデザインの仕事の集大成を展示した展覧会―私もちょうど現地で鑑賞したのですが―眼鏡やPCモニター、ナイフといった身の回りの製品から、人工臓器、車イスのような医療器具もデザインされたのは、交通事故を体験された川崎さんだからこそ。そして工夫を凝らした展示空間も素晴らしいものでした。
「これからの美術館は、社会的な問題に対してなんらかの解答を提示する役割もあるのではないか」というのが川崎さんの見解です。例えば、デザインで「美」という問題に対しての解答を示し、その解答の中には「希望」も込められている、と語られました。デザイナーは美術作家ではない、しかし「あさっての美術館」にはデザイナーやデザインの意義も認められるような存在であってほしい。結びにその思いを熱く語っていらっしゃいました。
次にお話されたのは、ロボット工学者で大阪大学教授の石黒浩さん。石黒さんの研究室が手がけられたロボットが出演するアンドロイド演劇は、公演の度に話題になっています。すでにご覧になっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
石黒さんは前述の川崎さんのお話を受けて、芸術に美術もデザインもないのではないか、その2つに限らず美術館は区別をする場所ではないのではないか、そしてそうであれば自身のロボット研究も受け入れられるはずだ、という問題提起をされました。
石黒さんのロボット研究は、人間の機能性の模倣よりも、人間らしい知覚動作に重点を置いて進められてきました。アンドロイドが人間社会のイベントや講演会で活躍するお話はどれも面白かったのですが、ふと考えてみると、アンドロイドがひとりの人間よりもずっと存在感を与えていることに気づきます。もし、自分のコピーのアンドロイドが同じような存在感を持った時、生身の人間である自分とは何なのだろうかと。
石黒さんがロボットを研究しているのはなぜか。それは「自分が生きている意味を知る」ためだそうです。人間らしいロボットを突き詰めていくと、「何が人間たらしめているのか?」という問題を考えることになる。そして、美術館は総合的な人間学を感じられる場所、煽動する場所であってほしいと締めくくられました。
休憩を挟んでからは、川崎さん石黒さんに加え、毛利衛さん、蓑豊さんの意見交換の時間でしたが、その前に毛利さんの短いプレゼンテーションがありました。
皆さんもご存知のように、毛利衛さんは宇宙飛行士として活躍され、現在は日本科学未来館の館長を務められています。宇宙から地球を見た経験を通し、「どうやって人間は未来を生きていくか?」という問題が重要だと話されました。そんな毛利さんにとっての「あさっての美術館」は、人間が生き続けていくヒントやエネルギーを与えてくれるところだそう。その取り組みをされているのが日本科学未来館だとも話されていました。
意見交換
登壇者同士の対談の中で一番多く交わされた意見は、「自分をどう表現して生きていくか」でした。グローバルな視点で「自分をはっきりと表現する」ことを登壇者の皆さんが勧められていましたが、特に印象に残ったのは、石黒さんの「自分に価値があると思って甘えていてはいけない」というものでした。ちょっと厳しい言葉にも思えますが、「自分に価値があると思っていたら必死にならない、自分に価値を見出そうとするから必死になれる」という見方はなるほどと感じました。
最後に、蓑さんから「美術館に何ができるか」という好例として、フランスのルーヴル美術館分館が紹介されました。フランスでもあまり栄えていないランスという郊外の町にあえてルーヴルの名品を置き、これからの町づくり、文化の拠点をつくろうという試みです。
*****
ときに「美術館」から話題が離れることもありましたが、「美術館」の中でデザインや工学・科学の話が話し合われる、この在り方自体がこれからの美術館なのかもしれません。今回のフォーラムの人選は、既存の枠組みに捉われない、といった蓑さんのこれからの美術館への思いが込められているように感じました。
※1「川崎和男展」については下記をご参照下さい。
[アートジェーン]アートイベント/展覧会ガイド「川崎和男展 いのち・きもち・かたち」
http://artgene.blog.ocn.ne.jp/kawasaki/2006/10/post_de83.html
※2 このレポートのために読んだ石黒さんの著書で、アンドロイドを通し人間についていろいろな見方ができることを知りました。ほか私が読んだ川崎さん、蓑さんの著書を挙げておきます。ここで書ききれなかった登壇者の方々の魅力を発見できると思います。
石黒浩 『ロボットとは何かー人の心を映す鏡』(講談社現代新書)
川崎和男 『デザイナーは喧嘩師であれー四句分別デザイン持論』(アスキー)
川崎和男 『artifical heart:川崎和男展』(アスキー)
蓑豊 『超・美術館革命ー金沢21世紀美術館の挑戦』(角川Oneテーマ21)
蓑豊 『超〈集客力〉革命 人気美術館が知っているお客の呼び方』(角川oneテーマ21)
プロフィール/週末に兵庫県立美術館でボランティア活動中。ほか美術検定講座の講師やワークショップの企画進行など、新しい活動にチャレンジさせていただいています。
画像提供=兵庫県立美術館

各専門分野から多岐にわたる意見が交わされました
プレゼンテーション
プログラムの最初は大阪大学大学院の教授で、デザイナーでもあり医学博士でもある川崎和男さんのプレゼンテーションです。2006年、金沢21世紀美術館で行われた「川崎和男展-いのち・きもち・かたち」(※1)を中心にお話をされました。ご自身の35年にわたるデザインの仕事の集大成を展示した展覧会―私もちょうど現地で鑑賞したのですが―眼鏡やPCモニター、ナイフといった身の回りの製品から、人工臓器、車イスのような医療器具もデザインされたのは、交通事故を体験された川崎さんだからこそ。そして工夫を凝らした展示空間も素晴らしいものでした。
「これからの美術館は、社会的な問題に対してなんらかの解答を提示する役割もあるのではないか」というのが川崎さんの見解です。例えば、デザインで「美」という問題に対しての解答を示し、その解答の中には「希望」も込められている、と語られました。デザイナーは美術作家ではない、しかし「あさっての美術館」にはデザイナーやデザインの意義も認められるような存在であってほしい。結びにその思いを熱く語っていらっしゃいました。
次にお話されたのは、ロボット工学者で大阪大学教授の石黒浩さん。石黒さんの研究室が手がけられたロボットが出演するアンドロイド演劇は、公演の度に話題になっています。すでにご覧になっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
石黒さんは前述の川崎さんのお話を受けて、芸術に美術もデザインもないのではないか、その2つに限らず美術館は区別をする場所ではないのではないか、そしてそうであれば自身のロボット研究も受け入れられるはずだ、という問題提起をされました。
石黒さんのロボット研究は、人間の機能性の模倣よりも、人間らしい知覚動作に重点を置いて進められてきました。アンドロイドが人間社会のイベントや講演会で活躍するお話はどれも面白かったのですが、ふと考えてみると、アンドロイドがひとりの人間よりもずっと存在感を与えていることに気づきます。もし、自分のコピーのアンドロイドが同じような存在感を持った時、生身の人間である自分とは何なのだろうかと。
石黒さんがロボットを研究しているのはなぜか。それは「自分が生きている意味を知る」ためだそうです。人間らしいロボットを突き詰めていくと、「何が人間たらしめているのか?」という問題を考えることになる。そして、美術館は総合的な人間学を感じられる場所、煽動する場所であってほしいと締めくくられました。
休憩を挟んでからは、川崎さん石黒さんに加え、毛利衛さん、蓑豊さんの意見交換の時間でしたが、その前に毛利さんの短いプレゼンテーションがありました。
皆さんもご存知のように、毛利衛さんは宇宙飛行士として活躍され、現在は日本科学未来館の館長を務められています。宇宙から地球を見た経験を通し、「どうやって人間は未来を生きていくか?」という問題が重要だと話されました。そんな毛利さんにとっての「あさっての美術館」は、人間が生き続けていくヒントやエネルギーを与えてくれるところだそう。その取り組みをされているのが日本科学未来館だとも話されていました。
意見交換
登壇者同士の対談の中で一番多く交わされた意見は、「自分をどう表現して生きていくか」でした。グローバルな視点で「自分をはっきりと表現する」ことを登壇者の皆さんが勧められていましたが、特に印象に残ったのは、石黒さんの「自分に価値があると思って甘えていてはいけない」というものでした。ちょっと厳しい言葉にも思えますが、「自分に価値があると思っていたら必死にならない、自分に価値を見出そうとするから必死になれる」という見方はなるほどと感じました。
最後に、蓑さんから「美術館に何ができるか」という好例として、フランスのルーヴル美術館分館が紹介されました。フランスでもあまり栄えていないランスという郊外の町にあえてルーヴルの名品を置き、これからの町づくり、文化の拠点をつくろうという試みです。
*****
ときに「美術館」から話題が離れることもありましたが、「美術館」の中でデザインや工学・科学の話が話し合われる、この在り方自体がこれからの美術館なのかもしれません。今回のフォーラムの人選は、既存の枠組みに捉われない、といった蓑さんのこれからの美術館への思いが込められているように感じました。
※1「川崎和男展」については下記をご参照下さい。
[アートジェーン]アートイベント/展覧会ガイド「川崎和男展 いのち・きもち・かたち」
http://artgene.blog.ocn.ne.jp/kawasaki/2006/10/post_de83.html
※2 このレポートのために読んだ石黒さんの著書で、アンドロイドを通し人間についていろいろな見方ができることを知りました。ほか私が読んだ川崎さん、蓑さんの著書を挙げておきます。ここで書ききれなかった登壇者の方々の魅力を発見できると思います。
石黒浩 『ロボットとは何かー人の心を映す鏡』(講談社現代新書)
川崎和男 『デザイナーは喧嘩師であれー四句分別デザイン持論』(アスキー)
川崎和男 『artifical heart:川崎和男展』(アスキー)
蓑豊 『超・美術館革命ー金沢21世紀美術館の挑戦』(角川Oneテーマ21)
蓑豊 『超〈集客力〉革命 人気美術館が知っているお客の呼び方』(角川oneテーマ21)

画像提供=兵庫県立美術館
| 美術館&アートプロジェクトレポート | 11:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑