「美術検定」応援館訪問記 ~松岡美術館~
閑静な高級住宅街で知られる白金、「プラチナ通り」と呼ばれるメインストリートから横道に一歩入ったところに、周囲の住宅に溶け込むように松岡美術館はあります。地下鉄白金台駅1番出口からは歩いて6分ほど、JR目黒駅からも徒歩20分くらいです。

松岡美術館の入口
松岡美術館は、松岡地所株式会社の創業者である故・松岡清次郎氏が1975年に港区新橋の自社ビル内に創設したのが始まりです。現在の場所に移転したのは2000年の4月で、元は松岡清次郎氏のご自宅でした。同館の約1800点のコレクションのほとんど全ては清次郎氏が生前にご自身の目と足で確かめて蒐集したものです。この美術館に入るとまるで「松岡清次郎氏の邸宅に招待されて美術品を見せていただいている」かのような温かさを感じます。素晴らしいコレクションなのに決して強く主張せず、訪れた人々を静かに暖かく迎えてくれる。松岡美術館を訪問するたびに感じるのはそのような穏やかな佇まいです。この佇まいの原点とは何なのでしょうか。4月末の週末、同館の館長代理、松岡治氏(清次郎氏のお孫さん)にお話を伺いました。
松岡美術館にはコレクションと展示について大きく分けて3つのポリシーがあるそうです。
1.展覧会は、全て自館のコレクションのみを以て行う。
2.他館への貸し出しはするが、他館から作品を借り受けることはしない。
3.現在のコレクションを増やさない。新たに収蔵品を加えることはしない。
この3つのポリシーは、展覧会を企画する上で非常に厳しい制約となります。コレクションを増やさず、他館から作品を借りないことは、展覧会は切り口と見せ方で勝負する以外にないからです。この、頑固とも言えるポリシーはどうして生まれたのでしょうか。「初代の松岡清次郎は非常に強烈なカリスマの持ち主でした。収蔵品を増やさないのは、どうしても初代以外の目線が混入してしまうことになるからです。生前の清次郎の言葉に『プライベートミュージアムとはオーナーの審美眼だけで成立させるべき』というものがあり、私どもはその遺志を尊重し、踏襲しているのです」と松岡さん。
生前、松岡清次郎氏は90歳を超えても人任せにせずに海外のオークション等に通い、ご自身の感覚と審美眼を以て作品を蒐集されたそうです。松岡美術館のコレクションには清次郎氏の感覚が今も生きており、だからこそ、新しく作品を加えることはしないそうです。
展覧会を全て自館のコレクションのみで行うことも「清次郎氏の目線のみで構成する」という考えに基づいているとのことでした。日本の美術館で同様のスタイルを貫いている館は珍しいそうですが、海外のプライベートミュージアムではこのようなスタイルが一般的と伺いました。だからこそ、私はここを訪れる度に生前の清次郎氏に招待されたかのような感覚になるのかもしれません。
松岡美術館の穏やかな佇まいのもう一つの理由に、来館者へのホスピタリティがあると思いました。
「来館者数を底上げするための積極的な広報活動はしないのですか?」という質問に対して返ってきたのは、「私どもはリピーターの方々を大事にしているので、むやみに来館者数を増やせばいいとは考えておりません」という回答でした。松岡美術館は松岡地所株式会社が美術部門として運営しており、基本的に営利優先ではないそうです。だからこそリピーター一人一人を大切にしたいということでした。
また、キャプションにも心遣いを感じます。作品の前にQRコードが提示されており、携帯電話などで読み取れば、その作品のキャプションを読むことができます。これは、お客様の「もっと詳しい説明を読みたい」という要望と「あまりキャプションは多くなくてよい」という相反する2つの要望を叶えるために考えた施策とのことでした。これなら読みたい人だけが詳しい解説を読むことができます。さらに、通信料のかからないQRコードを採用しているのでパケット料金の心配もいらないという親切さです。ただ、難しい漢字が使えないことと字数が制限されてしまうため、解説文を作成する学芸員はいつも苦心されているそうです。
このようなエピソードをお聞きすると、松岡美術館の「縁があって当館のリピーターとなって下さった方々を大切にして深く繋がりたい。」そのような美術館の想いが伝わってきました。
さて、私は松岡美術館を訪れるたびに「小規模だけど、色々なジャンルの美術を楽しめる凝縮されたテーマパークのような美術館」だと思います。松岡清次郎氏は20代の頃から日本画を集め始め、次第に陶磁器へと手を広げ、東京オリンピックの年(1964)に初めてガンダーラ彫刻を手に入れたそうです。
松岡美術館は1階と2階にあり、1階は常設展示で「古代オリエント(展示室1)」「現代彫刻(展示室2)」「古代東洋彫刻(展示室3)」があります。2階の展示室は会期ごとに入れ替わるのですが、中国陶磁器を展示する展示室4と主に絵画を展示する展示室5と6があります。このように部屋ごとに異なる展示を鑑賞できることが松岡美術館の大きな特徴のひとつです。

中国陶磁器を展示する展示室4
初めて同館を訪れた時、「古代オリエント(展示室1)」で古代エジプトの彩色木棺を間近で見られたことに感動しました。大規模な古代エジプトの巡回展などでは絶対にできない、作品と自分だけで向き合う時間を体験することができたのです。また、「古代東洋彫刻(展示室3)」ではガンダーラ彫刻からカンボジアのクメール彫刻、ヒンズー教神彫刻、中国の古代石造彫刻が一堂に会している圧巻のコレクションが展示されています。この部屋は庭園に面しているため、晴れた日などは庭園から差し込む外光のもとで仏像彫刻を鑑賞する、非常に贅沢な時間を過ごすことができます。写生も可能(鉛筆のみ)なので、通い詰めて仏像のデッサンに励む方もいらっしゃるそうです。

展示室3にはずらりと石造彫刻が並ぶ
松岡美術館は、訪れる人それぞれが楽しみ方を見つけることができる館だと思います。
プロフィール/それまで「何となく」美術鑑賞が好きだった私を美術検定に向かわせたのは、2007年に原美術館で開催された「ヘンリー・ダーガー展」でした。一介の掃除夫として孤独な生涯を終えた彼の死後に見つかった大量の水彩画と『非現実の王国で』という果てしなく続く奇想天外なストーリー。彼は孤独ではなかった!日々の辛い仕事の中でも、彼の心は誰よりも豊かなイマジネーションの王国に生きていた!この衝撃の出会いから本格的に勉強を始めて2010年に1級を取得。茶器や刀剣が苦手なので、少しは勉強せねばと思っている今日この頃です。それでもヘンリー・ダーガーは特別。彼の絵との出会い以上に鮮烈な体験は今までありません。皆様にもそんな出会いがありますように。

松岡美術館の入口
松岡美術館は、松岡地所株式会社の創業者である故・松岡清次郎氏が1975年に港区新橋の自社ビル内に創設したのが始まりです。現在の場所に移転したのは2000年の4月で、元は松岡清次郎氏のご自宅でした。同館の約1800点のコレクションのほとんど全ては清次郎氏が生前にご自身の目と足で確かめて蒐集したものです。この美術館に入るとまるで「松岡清次郎氏の邸宅に招待されて美術品を見せていただいている」かのような温かさを感じます。素晴らしいコレクションなのに決して強く主張せず、訪れた人々を静かに暖かく迎えてくれる。松岡美術館を訪問するたびに感じるのはそのような穏やかな佇まいです。この佇まいの原点とは何なのでしょうか。4月末の週末、同館の館長代理、松岡治氏(清次郎氏のお孫さん)にお話を伺いました。
松岡美術館にはコレクションと展示について大きく分けて3つのポリシーがあるそうです。
1.展覧会は、全て自館のコレクションのみを以て行う。
2.他館への貸し出しはするが、他館から作品を借り受けることはしない。
3.現在のコレクションを増やさない。新たに収蔵品を加えることはしない。
この3つのポリシーは、展覧会を企画する上で非常に厳しい制約となります。コレクションを増やさず、他館から作品を借りないことは、展覧会は切り口と見せ方で勝負する以外にないからです。この、頑固とも言えるポリシーはどうして生まれたのでしょうか。「初代の松岡清次郎は非常に強烈なカリスマの持ち主でした。収蔵品を増やさないのは、どうしても初代以外の目線が混入してしまうことになるからです。生前の清次郎の言葉に『プライベートミュージアムとはオーナーの審美眼だけで成立させるべき』というものがあり、私どもはその遺志を尊重し、踏襲しているのです」と松岡さん。
生前、松岡清次郎氏は90歳を超えても人任せにせずに海外のオークション等に通い、ご自身の感覚と審美眼を以て作品を蒐集されたそうです。松岡美術館のコレクションには清次郎氏の感覚が今も生きており、だからこそ、新しく作品を加えることはしないそうです。
展覧会を全て自館のコレクションのみで行うことも「清次郎氏の目線のみで構成する」という考えに基づいているとのことでした。日本の美術館で同様のスタイルを貫いている館は珍しいそうですが、海外のプライベートミュージアムではこのようなスタイルが一般的と伺いました。だからこそ、私はここを訪れる度に生前の清次郎氏に招待されたかのような感覚になるのかもしれません。
松岡美術館の穏やかな佇まいのもう一つの理由に、来館者へのホスピタリティがあると思いました。
「来館者数を底上げするための積極的な広報活動はしないのですか?」という質問に対して返ってきたのは、「私どもはリピーターの方々を大事にしているので、むやみに来館者数を増やせばいいとは考えておりません」という回答でした。松岡美術館は松岡地所株式会社が美術部門として運営しており、基本的に営利優先ではないそうです。だからこそリピーター一人一人を大切にしたいということでした。
また、キャプションにも心遣いを感じます。作品の前にQRコードが提示されており、携帯電話などで読み取れば、その作品のキャプションを読むことができます。これは、お客様の「もっと詳しい説明を読みたい」という要望と「あまりキャプションは多くなくてよい」という相反する2つの要望を叶えるために考えた施策とのことでした。これなら読みたい人だけが詳しい解説を読むことができます。さらに、通信料のかからないQRコードを採用しているのでパケット料金の心配もいらないという親切さです。ただ、難しい漢字が使えないことと字数が制限されてしまうため、解説文を作成する学芸員はいつも苦心されているそうです。
このようなエピソードをお聞きすると、松岡美術館の「縁があって当館のリピーターとなって下さった方々を大切にして深く繋がりたい。」そのような美術館の想いが伝わってきました。
さて、私は松岡美術館を訪れるたびに「小規模だけど、色々なジャンルの美術を楽しめる凝縮されたテーマパークのような美術館」だと思います。松岡清次郎氏は20代の頃から日本画を集め始め、次第に陶磁器へと手を広げ、東京オリンピックの年(1964)に初めてガンダーラ彫刻を手に入れたそうです。
松岡美術館は1階と2階にあり、1階は常設展示で「古代オリエント(展示室1)」「現代彫刻(展示室2)」「古代東洋彫刻(展示室3)」があります。2階の展示室は会期ごとに入れ替わるのですが、中国陶磁器を展示する展示室4と主に絵画を展示する展示室5と6があります。このように部屋ごとに異なる展示を鑑賞できることが松岡美術館の大きな特徴のひとつです。

中国陶磁器を展示する展示室4
初めて同館を訪れた時、「古代オリエント(展示室1)」で古代エジプトの彩色木棺を間近で見られたことに感動しました。大規模な古代エジプトの巡回展などでは絶対にできない、作品と自分だけで向き合う時間を体験することができたのです。また、「古代東洋彫刻(展示室3)」ではガンダーラ彫刻からカンボジアのクメール彫刻、ヒンズー教神彫刻、中国の古代石造彫刻が一堂に会している圧巻のコレクションが展示されています。この部屋は庭園に面しているため、晴れた日などは庭園から差し込む外光のもとで仏像彫刻を鑑賞する、非常に贅沢な時間を過ごすことができます。写生も可能(鉛筆のみ)なので、通い詰めて仏像のデッサンに励む方もいらっしゃるそうです。

展示室3にはずらりと石造彫刻が並ぶ
松岡美術館は、訪れる人それぞれが楽しみ方を見つけることができる館だと思います。
