横浜美術館 中高生対象:長期教育プログラムレポート 第1回
横浜美術館で開催中の「蔡國強展:帰去来」に際して、中高生に向けた「体験しよう!伝えよう!アート」という長期プログラムが始まりました。6月下旬から10月上旬までの約4ヶ月にわたるプログラムのもようを、今回から3回に分けてレポートします。


画像は中高生プログラム募集チラシ(画像はクリックで拡大)
横浜美術館のプログラムに参加しているのは、中学校1年生から高校3年生の21名である。中華学校に通う子どももいる。中高生を見守るのは、同館の教育普及担当学芸員3名とアルバイト1名、同館ボランティア3名の大人たち。レポートではプログラムの内容とともに、子どもたちがどのように変化していくのか、子どもたちを見守る美術館スタッフは何を考えながら対応しているのかなどを追っていきたい。
蔡國強さんに出会う3日間

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このパートは、中高生たちが小学生に向けてのワークショップをつくるために、蔡國強さんとその作品を知る期間である。初回の逢坂館長のレクチャーでは、蔡國強さんのプロフィールとその代表作の紹介のほか、火薬ドローイングに使われる火薬の両義性、さまざまな人々と一緒に作品をつくる協働、展覧会タイトルの「帰去来」の意味にも触れ、蔡國強を知るキーワードがちりばめられていた。2回目の志賀さんの話には、蔡さんの人となりや現在も続く蔡さんとの協働プロジェクトの話題が盛り込まれ、子どもたちにとっても、蔡國強という人が身近になる内容だったと感じる。3回目の劉先生は、あらかじめ子どもたちに「中国と聞いてイメージするもの」というアンケートをとり、食、場所、歴史、人口、経済といった切り口から、多様な文化を持つ中国を紹介する。この話の中には、ワークショップを考えるにあたって重要な「百聞は一見に如かず」という中国の故事も織り込まれていた。さらに蔡さんの故郷である泉州の地理や言葉について語りながら、文化比較からそれぞれの文化の違いを理解し尊重する大切さを子どもたちに伝えていた。
※プログラムの各日に設けられた「今日の発見」は、その日子どもたちが印象に残ったことや気付いたことを絵や言葉にして自分用のスケッチブックに記入していく振り返りの時間。
一方、ワークショップ2回目からは展示作品の見学が始まる。最初の見学は、蔡國強さんと出会う前、展示作業中のギャラリーや展示室を巡るものだった。2度目の見学は、学芸員(教育普及担当)の端山さんから「小学生向けのワークショップをつくるためにみる」という目的をしっかり伝えられたものだった。
静かに変わる子どもたち

写真は、蔡國強《夜桜》(2015年)をみる中高生たち(写真はクリックで拡大)
そんな子どもたちの眼の色が変わったのは、蔡國強さんが目の前に登場したときだった。子どもたちが練習した中国語での挨拶に応え、「私が蔡さんです。アーティストはね、力持ちじゃないといけないし、体力がないとできないんですよ……」と、いきなり自分のことを日本語とボディランゲージを交えて語り始めた蔡さんに、子どもたちは驚いた表情を見せる。「ここの狼は99匹なんだけど、中国では99という数字に永遠という意味があります。この作品はまだ壁で東西が分かれていたベルリンで初めてつくったんだけど、世の中を見渡すと見えないいろんな壁があることに気づいて透明の壁をつくりました……」作品や家族のことなどについて15分ほど続いた話を、子どもたちは大きくうなづきながら、笑いながら聞いていた。また、子どもたちからの質問に丁寧に答えていく蔡さんに、何か感じるものがあったのだろう。2回目の「今日の発見」の時間には、グループ内で自然に蔡さんの印象を話し合う姿も見られた。また、蔡さんが子どもたちに向けて話した「自分が一番」という言葉をスケッチブックに大きく書いた参加者もいた。

蔡さんとの出会いを経て、再度作品を前にした子どもたちの反応は、少しずつではあるが変化していた。美術館スタッフたちの導きも大きいが、作品の細部を丁寧にみるようになり、蔡さんから聞いた話と結びつけながらみたり、近くにいる子ども同士で話し合いながらみたりするようになってきた。

《春夏秋冬》(2014年)の展示室にて
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一歩離れて見守るスタッフたちは……
プログラムを統括する端山さんに、美術館が中高生に向けて長期プログラムに取り組む意義をあらためて伺った。「美術館は次世代を担う中高生たちに、美術を通じて異なる年齢層と出会ったり、同世代と共に活動する場を提供できます。また、美術というアーティストが能動的に創造したものに触れる場で、子どもたちの能動性を引き出す場を提供することができると思うのです。そのためには美術館とスタッフも対象者のことを知らなければなりません。そのうえでどう支援していくのか、どうすれば対象者が能動的に考えて動こうとするのか、それを考え続けなければなりません。先入観をなくし、予定調和にしないよう洗練させない努力が必要です。例えば、このプログラムの目的は子どもたちが大人からみて質の高いワークショップをつくることではありません。彼らが試行錯誤しながら人と一緒に美術とのかかわりをもち、何かを創造することから能動性を獲得するプロセスを経験することなのです」。
また、子どもたちが能動性を発揮するために大切なことは、「子どもたちだけの世界をつくること」だと端山さんは強調する。その言葉を裏付けるように、アイスブレイクでも、作品鑑賞でも、子どもたちから少し離れて「見守る」美術館スタッフとボランティア。彼らは毎回のワークショップ終了後に振り返りの時間を持つ。そこでは各人が担当するグループの子どもたちの様子や問題点が細かく報告され、次回のワークショップでどのようなことをすれば改善できるか、どう導いていくかという話し合いが重ねられる。振り返りを反映して、グループのメンバーを入れ替える、プログラムに修正を入れる、といった臨機応変な対応が毎回実践されている。
ボランティアにもプログラムに参加してみて感じたことを尋ねてみた。「最初からこれをやってください、というものではないので戸惑いはあります。それに子どもたちを見ていると、つい手や口を出したくなる。ぐっと我慢です」「子どもたちが作品について話し合っている内容が聞き取れないことは残念です。聞こえると、子どもたちがどんなふうに作品をとらえているのか、何を考えているのかも理解できるようになると思うのですが」。プログラムは次回からいよいよ本番に向かう。子どもたちは本格的に自主性を発揮することが求められ、大人はさらなる忍耐を強いられることになるだろう。
(次回に続く)
※写真提供=横浜美術館
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取材・文/染谷ヒロコ(本ブログ編集)
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