「美術検定ナイト~語る、伝える、作ることで学ぶ美術の歴史~」レポート・後篇
今回は前回に引き続き、「美術検定ナイト~語る、伝える、作ることで学ぶ美術の歴史〜」レポートをアートナビゲーターの山本ゆうじがお届けします。
美術史を学ぶ意味とは
ユニークなパネリストの自己紹介だけでも充実していて面白かったのですが、一回りした後でパネラー全員によるトークセッションが始まりました。

美術史を知ることの意義として、三杉さんは、「ヴァニタス」が現代美術、たとえば松井冬子の作品にも表れていることを示されました。「ヴァニタス」は、16・17世紀の北ヨーロッパで見られた静物画のジャンルで、人生の儚さを思い起こさせる頭蓋骨、果実、時計などの象徴が使われます。仏教絵画でも、死体が腐乱する9つの過程を描き諸行無常を示す九相図があります。文化を超えて死を見つめる視点を比較すると発想の共通点や違いが見えてきて興味深いものです。またTakさんは、美術館は「分かる人だけ分かればいいという感じ」と指摘されました。これもその通りと頷かされました。美術展の展示説明でも、「オルフィスム」などの専門用語が説明抜きで使われていることがよくあります。専門用語を深く知りたい人は、図録を買えばよいのかもしれませんが、アートに詳しくない来館者にアートの面白さに気づいてもらいたいなら、「フォーヴィスム(野獣派)」など基本用語の説明も必要でしょう。来館者の視点に立って、必要に応じてスマートに用語が解説してもらえる展示方法があれば、もっと美術ファンを増やせそうですね。最初からすべてをガイドが説明してしまうと自分で発見する楽しみがありませんが、きちんと説明すれば鑑賞のポイントはだれにでも分かることですので、より深くアートを鑑賞できると思います。
また三杉さんが、「ピカソは本当に多面的に描いているのか?実際に描いてみると分かる。ピカソの言葉は文字通りに受け取らないほうがいい」とも言われたことも面白く感じました。私はその日、ちょうど東京都美術館で開催の「ポンピドゥー・センター傑作展」でピカソなどを観に行ってきたばかりでした。この美術展では、1年・1アーティスト・1作品という形式の展示で、アーティストの言葉の引用が添えられていました。これは雑誌風の見せ方でおしゃれなのですが、そのアーティストがどのような文脈でそう言ったのかをより深く知るためのきっかけ、と捉えたほうがよさそうです。
ここで、会場のブックカフェ「6次元」の店主・ナカムラクニオさんも飛び入り参加され、コレクターの話になりました。コレクターでもある東さんは、「作品は自分の好きなように見てもいいが、知識があると作品の流れが分かる」と言われました。ナカムラさんもコレクションをされており「アートコレクターを育てる活動をしたい」とのことです。コレクターでも美術史重視派とそうでない人がいるようですが、三杉さんは、「コレクションをしているうちに自然に詳しくなるのでは」と言われました。日本では置き場所の問題から小さい作品が売れるかと思いきや、なかなか小さい作品でも売れるとは限らないようです。画廊での価格は高めに付けられます。画廊で一度買ったらそのままになり、次に売ることができないのが問題とのことでした。買った価格の10分の1でも売れないことがあるとのこと。ネットがこれだけ発達しているのですから、うまいしくみができるといいですね。
また東さんによると、「オークションの下見会で作品を見るだけでも楽しい」そうです。海外のコレクターの多くは、美術史に作品を位置づけてコレクションをしていくそうです。日本の鑑賞者がもっとアートを買うには、もっと美術史の知識が広まらないといけないのかもしれません。美術史の知識の普及とアート業界の盛り上がりは密接に関連しているようです。美術館やギャラリーは、アート業界を盛り上げるためにも、美術史を学ぶ機会になる美術検定ともっと協力したらどうかと思いました。

6次元の店主・ナカムラさんも加わり、コレクターの話に。店内にはナカムラさんが購入した作品も。
質疑の時間では、美術検定ができた経緯についての質問の他に、注目の展示会についての質問もありました。Takさんは2017年に東京国立博物館で開催予定の「運慶展」、アルフォンス・ミュシャの大作《スラブ叙事詩》全20作が展示予定の国立新美術館での「ミュシャ展」を紹介されました。もう一つ挙げられた、2016年10月より東京都美術館で開催の「ゴッホとゴーギャン展」は、日本で初めて二人の巨匠を同時に取り上げる展覧会です。映画『炎の人ゴッホ』(1956年)を見たり、絵に取り憑かれたゴーギャンをモデルにしたサマセット・モーム『月と六ペンス』を読んだりして予習しておくと良さそうです。東さんからは、公園全体がユニークなアート作品である養老天命反転地がある養老町で開催予定の養老改元1300年祭、三杉さんからは原美術館で開催予定の「エリザベス・ペイトン展」などが紹介されました。
私も質問させていただきました。私の質問は「アートの情報収集や情報発信で英語やフランス語を使うことについてはどう思いますか?」というものでしたが、パネリストの方からはさまざまなご回答をいただきました。ナカムラさんによると、サイトを英語とフランス語で情報発信すると、検索して海外からのお客さんが激増したとのことです。東さんは、バイリンガルで情報発信するウェブサイトおよびアプリの東京アートビートを、またTakさんは、積極的に外国語で情報発信している美術館の好例として、根津美術館とフーリア美術館(アメリカ)を紹介されました。
アートを学ぶということは文化を学ぶことですから、生涯にわたってじっくり取り組む価値があります。その中で、アートに結びつく歴史、宗教、そして言語を学ぶことでもあります。日本のアート業界が活性化するには、日本語に加えて、英語やその他の言語での情報発信に本気で取り組む必要があるのではと感じました。
***
今回のイベントでは、アートナビゲーターとしてご活躍の東さん、またかねてから気になっていた「青い日記帳」のTakさん、そしてユニークな活動をされている三杉レンジさんのお話をそれぞれ伺えて充実したイベントでした。イベント実施後に参加者からのアンケートを見ると、美術検定をまだ取っていない方もかなりいらっしゃったようです。また、一般的にアートに関心はあるのに、美術検定をご存じない方や、ちょっと敬遠されている方はかなりいらっしゃると感じます。今回のイベントに参加して、アートや美術検定について気楽に語り合い、その面白さを実感できる場があればと思いました。美術検定に関心がある参加者と、アートナビゲーターが対話するようなイベントも面白いかもしれません。
美術検定1級を取るとアートナビゲーターと名乗れるわけで、私も「アート ナビゲーション」をする機会はあります。鑑賞者の興味を大切にしつつ、知らない世界を紹介するバランスについて新たに考えさせられました。アート鑑賞法や美術館の中での「鑑賞文化」については、欧米の方法論はよく体系化されていると思います。他の鑑賞者に配慮するのは当然としても、美術品の前で沈黙したまま一人じっと眺めるのが唯一の方法ではないでしょう。さまざまな感想を語り合いながら、アートをより深く楽しむ方法が模索されればと思います。さらに、日本でアート ナビゲーションを広く実践していくには、積極的に質問をしようとしない日本人に適した方法論を考える必要がありそうです。私自身は、英語やフランス語でのアート ナビゲーションにもぜひ挑戦していきたいです。
プロフィール
秋桜舎代表。言語・翻訳コンサルタントとして企業向けに翻訳・日本語・英語を指導し、240件の記事執筆を手がける。著書に『IT時代の実務日本語スタイルブック』(ベレ出版、2012年)。2010年に1級を取得しアートナビゲーターへ。「アート エクスプローラー『美術館に行こう!』」https://www.facebook.com/binobouken、モダン「いき」プロジェクトhttp://iki.cosmoshouse.comも主宰。
ユニークなパネリストの自己紹介だけでも充実していて面白かったのですが、一回りした後でパネラー全員によるトークセッションが始まりました。

美術史を知ることの意義として、三杉さんは、「ヴァニタス」が現代美術、たとえば松井冬子の作品にも表れていることを示されました。「ヴァニタス」は、16・17世紀の北ヨーロッパで見られた静物画のジャンルで、人生の儚さを思い起こさせる頭蓋骨、果実、時計などの象徴が使われます。仏教絵画でも、死体が腐乱する9つの過程を描き諸行無常を示す九相図があります。文化を超えて死を見つめる視点を比較すると発想の共通点や違いが見えてきて興味深いものです。またTakさんは、美術館は「分かる人だけ分かればいいという感じ」と指摘されました。これもその通りと頷かされました。美術展の展示説明でも、「オルフィスム」などの専門用語が説明抜きで使われていることがよくあります。専門用語を深く知りたい人は、図録を買えばよいのかもしれませんが、アートに詳しくない来館者にアートの面白さに気づいてもらいたいなら、「フォーヴィスム(野獣派)」など基本用語の説明も必要でしょう。来館者の視点に立って、必要に応じてスマートに用語が解説してもらえる展示方法があれば、もっと美術ファンを増やせそうですね。最初からすべてをガイドが説明してしまうと自分で発見する楽しみがありませんが、きちんと説明すれば鑑賞のポイントはだれにでも分かることですので、より深くアートを鑑賞できると思います。
また三杉さんが、「ピカソは本当に多面的に描いているのか?実際に描いてみると分かる。ピカソの言葉は文字通りに受け取らないほうがいい」とも言われたことも面白く感じました。私はその日、ちょうど東京都美術館で開催の「ポンピドゥー・センター傑作展」でピカソなどを観に行ってきたばかりでした。この美術展では、1年・1アーティスト・1作品という形式の展示で、アーティストの言葉の引用が添えられていました。これは雑誌風の見せ方でおしゃれなのですが、そのアーティストがどのような文脈でそう言ったのかをより深く知るためのきっかけ、と捉えたほうがよさそうです。
ここで、会場のブックカフェ「6次元」の店主・ナカムラクニオさんも飛び入り参加され、コレクターの話になりました。コレクターでもある東さんは、「作品は自分の好きなように見てもいいが、知識があると作品の流れが分かる」と言われました。ナカムラさんもコレクションをされており「アートコレクターを育てる活動をしたい」とのことです。コレクターでも美術史重視派とそうでない人がいるようですが、三杉さんは、「コレクションをしているうちに自然に詳しくなるのでは」と言われました。日本では置き場所の問題から小さい作品が売れるかと思いきや、なかなか小さい作品でも売れるとは限らないようです。画廊での価格は高めに付けられます。画廊で一度買ったらそのままになり、次に売ることができないのが問題とのことでした。買った価格の10分の1でも売れないことがあるとのこと。ネットがこれだけ発達しているのですから、うまいしくみができるといいですね。
また東さんによると、「オークションの下見会で作品を見るだけでも楽しい」そうです。海外のコレクターの多くは、美術史に作品を位置づけてコレクションをしていくそうです。日本の鑑賞者がもっとアートを買うには、もっと美術史の知識が広まらないといけないのかもしれません。美術史の知識の普及とアート業界の盛り上がりは密接に関連しているようです。美術館やギャラリーは、アート業界を盛り上げるためにも、美術史を学ぶ機会になる美術検定ともっと協力したらどうかと思いました。



6次元の店主・ナカムラさんも加わり、コレクターの話に。店内にはナカムラさんが購入した作品も。
質疑の時間では、美術検定ができた経緯についての質問の他に、注目の展示会についての質問もありました。Takさんは2017年に東京国立博物館で開催予定の「運慶展」、アルフォンス・ミュシャの大作《スラブ叙事詩》全20作が展示予定の国立新美術館での「ミュシャ展」を紹介されました。もう一つ挙げられた、2016年10月より東京都美術館で開催の「ゴッホとゴーギャン展」は、日本で初めて二人の巨匠を同時に取り上げる展覧会です。映画『炎の人ゴッホ』(1956年)を見たり、絵に取り憑かれたゴーギャンをモデルにしたサマセット・モーム『月と六ペンス』を読んだりして予習しておくと良さそうです。東さんからは、公園全体がユニークなアート作品である養老天命反転地がある養老町で開催予定の養老改元1300年祭、三杉さんからは原美術館で開催予定の「エリザベス・ペイトン展」などが紹介されました。
私も質問させていただきました。私の質問は「アートの情報収集や情報発信で英語やフランス語を使うことについてはどう思いますか?」というものでしたが、パネリストの方からはさまざまなご回答をいただきました。ナカムラさんによると、サイトを英語とフランス語で情報発信すると、検索して海外からのお客さんが激増したとのことです。東さんは、バイリンガルで情報発信するウェブサイトおよびアプリの東京アートビートを、またTakさんは、積極的に外国語で情報発信している美術館の好例として、根津美術館とフーリア美術館(アメリカ)を紹介されました。
アートを学ぶということは文化を学ぶことですから、生涯にわたってじっくり取り組む価値があります。その中で、アートに結びつく歴史、宗教、そして言語を学ぶことでもあります。日本のアート業界が活性化するには、日本語に加えて、英語やその他の言語での情報発信に本気で取り組む必要があるのではと感じました。
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今回のイベントでは、アートナビゲーターとしてご活躍の東さん、またかねてから気になっていた「青い日記帳」のTakさん、そしてユニークな活動をされている三杉レンジさんのお話をそれぞれ伺えて充実したイベントでした。イベント実施後に参加者からのアンケートを見ると、美術検定をまだ取っていない方もかなりいらっしゃったようです。また、一般的にアートに関心はあるのに、美術検定をご存じない方や、ちょっと敬遠されている方はかなりいらっしゃると感じます。今回のイベントに参加して、アートや美術検定について気楽に語り合い、その面白さを実感できる場があればと思いました。美術検定に関心がある参加者と、アートナビゲーターが対話するようなイベントも面白いかもしれません。
美術検定1級を取るとアートナビゲーターと名乗れるわけで、私も「アート ナビゲーション」をする機会はあります。鑑賞者の興味を大切にしつつ、知らない世界を紹介するバランスについて新たに考えさせられました。アート鑑賞法や美術館の中での「鑑賞文化」については、欧米の方法論はよく体系化されていると思います。他の鑑賞者に配慮するのは当然としても、美術品の前で沈黙したまま一人じっと眺めるのが唯一の方法ではないでしょう。さまざまな感想を語り合いながら、アートをより深く楽しむ方法が模索されればと思います。さらに、日本でアート ナビゲーションを広く実践していくには、積極的に質問をしようとしない日本人に適した方法論を考える必要がありそうです。私自身は、英語やフランス語でのアート ナビゲーションにもぜひ挑戦していきたいです。

秋桜舎代表。言語・翻訳コンサルタントとして企業向けに翻訳・日本語・英語を指導し、240件の記事執筆を手がける。著書に『IT時代の実務日本語スタイルブック』(ベレ出版、2012年)。2010年に1級を取得しアートナビゲーターへ。「アート エクスプローラー『美術館に行こう!』」https://www.facebook.com/binobouken、モダン「いき」プロジェクトhttp://iki.cosmoshouse.comも主宰。
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