アートナビゲーター・美術館コレクションレポート「茂木家本家美術館」
千葉県柏市在住のアートナビゲーター、安藤陽子です。
今回より、アートナビゲーターが地元の美術館のコレクション作品を紹介する連載「アートナビゲーター・美術館コレクションレポート」が始まります。全国各地域に住むアートナビゲーターが、地元の美術館コレクションを紹介していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
残念ながら私の住まいのある柏市内ではありませんが、お隣の野田市にある、素晴らしい近現代日本美術のコレクションなどをこだわりの展示方法で見せていることが魅力の、茂木家本家美術館を紹介いたします。
今回より、アートナビゲーターが地元の美術館のコレクション作品を紹介する連載「アートナビゲーター・美術館コレクションレポート」が始まります。全国各地域に住むアートナビゲーターが、地元の美術館コレクションを紹介していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
残念ながら私の住まいのある柏市内ではありませんが、お隣の野田市にある、素晴らしい近現代日本美術のコレクションなどをこだわりの展示方法で見せていることが魅力の、茂木家本家美術館を紹介いたします。
野田市というとキッコーマンの本社があるということで、醤油の街としてイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、この美術館は、キッコーマンの特別顧問を務めた、館の創設者であり名誉館長の茂木七左衛門氏(故人)が、若い頃からコレクションしてきた作品を展示しています。
入館は基本的に事前予約制となりますが、館の方が1グループずつ常設展示作品と施設の紹介をしてくれる贅沢なシステムとなっています(ただし、予約の余裕がある場合は当日受け入れをしてもらえる場合もあるそうなので、要相談です)。
東武アーバンパークラインの野田市駅から8分ほど歩いた場所にあるこの美術館は、愛知万博で日本館の建築に携わった彦坂裕設計による、白い壁面に銀鼠色の瓦屋根が貼りついた独特の外観が特徴です。柿渋で塗られ、瓦を乗せた塀に囲まれた周囲の街並みにも溶け込んでいます。

エントランスに入ると、正面の窓から百日紅や紅葉の植えられた中庭を覗き込むような位置に、舟越桂の父としても知られる彫刻家・舟越保武の女性胸像「LOLA」が配置されています。

エントランスの左手側には、正面の窓とほぼ同じ大きさで深緑を涼やかに描いた、浜田昇児の「樹」も展示され、その窓の外の風景との対比を楽しめます。、窓の外の様子が床などに映り込んでいること自体も作品として楽しんでほしいという、美術品と外観との調和なども意識されていることに、美術館とのしての“見せるこだわり”を感じ取ることができます。
続いての展示室1は、茂木名誉館長のお気に入りの作品を集めたファウンダーズサロンとなっています。抑えた色調で雲の合間から顔を出す富士山を描いた「霊峰富士」や、重なり合う笹の葉の表現が美しい中島千波の「竹図」、小倉遊亀の金の背景の「青梅」「九谷徳利と白椿」と銀の背景の「古九谷鉢と葡萄」が対照的な3枚の静物画のほか、梅原龍三郎がチューブに入った画材を直接キャンバスに絞り出して描いた「鯛」という作品が展示されています。梅原がこの技法を使ったのはごく限られた時期だそうですが、作家自身のお気に入りの作品とのこと。茂木氏がこの美術館を創設しようと考えたのは、この「鯛」をたくさんの人に楽しんでいただければという思いからだったそうです。独特の存在感を放つこの作品からは活きのいい鯛の様子が伝わってきます。ちなみにこの作品を基に、FEILER社製のタオルが作られ、ミュージアムショップで購入することができます。
またこの部屋には、平櫛田中や高村光雲の小ぶりな彫刻作品、板谷波山の香炉などの常設展示作品に加え、季節がわりで趣向を凝らした工芸品等が展示されていて、小さい展示室ながら茂木氏の美術品に対する思いにじっくりと触れ合うことができます。(現在、座った猫が目で何かを追う姿を表した長谷川昴の彫刻作品が展示されているのですが、その作品タイトルが「虫」であることに、作者の洒落っ気を感じてしまいました)
続いての常設展示のコーナーでは、富士山をテーマにした一角が設けられ、青い富士を背景に金彩で木や花を描いた片岡珠子の「めでたき富士」をはじめ、横山大観、梅原龍三郎、大山忠作、中島千波、竹内邦夫ほか、様々な画家がそれぞれの手法で描いた富士山を対比して見ることができます。それぞれの作品の富士山の頂上の高さを揃えて展示していることが、室内に調和を与えています。そして室内に小ぶりな作品の多い中、室内中央のステージのように高くなった一角には、満月と稜線に雪を煙らせた富士の姿を四曲一双の屏風に描いた松本哲男の「一宇一月明」が、見やすさを重視してフラットな状態で展示され、存在感を際立たせています。天井には対角線上に明かり取りの窓があるのですが、これは富士山の位置と筑波山の位置を一直線に結んでいるそうで、美術館建築時からいかにして作品を見せようと考えていたかのこだわりを強く感じることができます。
そして特筆すべきは、二重の黒いカーテンで仕切られた特別展示コーナーに展示されている浮世絵コレクションです。光により褪色しやすい浮世絵版画への影響を最小限にすることを考慮し、人が立ち入った時のみ感応性の照明が灯される展示室となっています。この貸切感を楽しむことができる長細い展示室では、年に何度か作家ごとの企画展が催されています。
浮世絵版画は初版で約200枚刷ることができ、売れ筋のものは、大量生産のために図案や彩色を簡略化しつつ同じ絵柄を増版できる、という特徴があります。そのため、現代にも同じ図案のものが何枚も残っている作品がある反面、初版と増版(後摺)分との作品としての質の差や、その後の保管状態によって大きく現在の見た目に差が出てしまいます(ざっくり言うと見た目の良し悪しの差が顕著に現れています)。そのような浮世絵版画の中から、茂木氏のお眼鏡にかなった本当にいい作品だけを所蔵しているのが、茂木家本家美術館の大きな魅力のひとつです。
歌川広重の「名所江戸百景」、「東海道五十三次」の揃いや、葛飾北斎、東洲斎写楽はじめ歌川国芳、また明治期に活躍した小林清親や、大正新版画の川瀬巴水など、約3000点の幅広いコレクションを所蔵しています。
その作品のクオリティの高さだけではなく、とても見やすい位置に配置された覗き見型のケースも美術館の魅力のひとつです。ちょうど見やすい高さに斜めに設置された展示ケースのおかげで、作品の数センチ前まで近づいてみることができ、空摺、雲母摺などの状態をじっくり上から覗き込むことができます。 そのほか、壁面にも額装された浮世絵が展示されるので、一度の企画展で約60枚程度の作品を楽しむことができます。
なお、この美術館では、天気のいい日は庭園も楽しむことができ、奥にあるお稲荷さんの手水鉢の上に施された、狐の嫁入りや子育てなどの様子の彫刻も見応えがあります。

都心からは少々離れていますが、是非美術館に足を運び、茂木氏の素晴らしいコレクションとその“魅せ方”をお楽しみいただければと思います。
またお時間に余裕のある方は、私の本当の地元にある柏市郷土資料展示室に足を伸ばして、コレクターから市に寄贈された人間国宝の染色家・芹沢銈介作品の展示などを楽しまれてはいかがでしょうか。こちらは年に1〜2回程度企画展を開催しています。
■茂木家本家美術館
〒278-0037 千葉県野田市野田242
水曜~日曜10:00~17:00(月曜、火曜休館) ※入館は16:00まで
Tel : 04-7120-1011 Fax : 04-7120-1012
予約専用電話 04-7120-1489
E-mail : momoa@snow.ocn.ne.jp
URL: http://www.momoa.jp/index.html
プロフィール/
学生時代は文化史を専攻し、近代西洋絵画史や浮世絵について学びました。就職後は展覧会を年に数回楽しむ生活をしていましたが、文化行政に関する部署への異動に伴い「美術検定」の存在を知り、自分の美術の知識は世間的にはどれくらいのレベルなのかという気持ちで受験しました。検定の勉強を始めてからは、体系的に美術史の流れをみるようになったり、展覧会を見る側から見せる側の目線でみるようになったり、美術に対する接し方や考え方が大きく変わりました。受験勉強としては、美術検定関連書籍をはじめ美術に関する本を幅広く読みました。また、「日曜美術館」「美の巨人たち」など、美術関連テレビ番組も欠かさずチェックしました。検定1級の合格にあたっては、横浜トリエンナーレや東京国立博物館でのボランティア活動がとても役に立ちました。
入館は基本的に事前予約制となりますが、館の方が1グループずつ常設展示作品と施設の紹介をしてくれる贅沢なシステムとなっています(ただし、予約の余裕がある場合は当日受け入れをしてもらえる場合もあるそうなので、要相談です)。
東武アーバンパークラインの野田市駅から8分ほど歩いた場所にあるこの美術館は、愛知万博で日本館の建築に携わった彦坂裕設計による、白い壁面に銀鼠色の瓦屋根が貼りついた独特の外観が特徴です。柿渋で塗られ、瓦を乗せた塀に囲まれた周囲の街並みにも溶け込んでいます。


エントランスに入ると、正面の窓から百日紅や紅葉の植えられた中庭を覗き込むような位置に、舟越桂の父としても知られる彫刻家・舟越保武の女性胸像「LOLA」が配置されています。

エントランスの左手側には、正面の窓とほぼ同じ大きさで深緑を涼やかに描いた、浜田昇児の「樹」も展示され、その窓の外の風景との対比を楽しめます。、窓の外の様子が床などに映り込んでいること自体も作品として楽しんでほしいという、美術品と外観との調和なども意識されていることに、美術館とのしての“見せるこだわり”を感じ取ることができます。
続いての展示室1は、茂木名誉館長のお気に入りの作品を集めたファウンダーズサロンとなっています。抑えた色調で雲の合間から顔を出す富士山を描いた「霊峰富士」や、重なり合う笹の葉の表現が美しい中島千波の「竹図」、小倉遊亀の金の背景の「青梅」「九谷徳利と白椿」と銀の背景の「古九谷鉢と葡萄」が対照的な3枚の静物画のほか、梅原龍三郎がチューブに入った画材を直接キャンバスに絞り出して描いた「鯛」という作品が展示されています。梅原がこの技法を使ったのはごく限られた時期だそうですが、作家自身のお気に入りの作品とのこと。茂木氏がこの美術館を創設しようと考えたのは、この「鯛」をたくさんの人に楽しんでいただければという思いからだったそうです。独特の存在感を放つこの作品からは活きのいい鯛の様子が伝わってきます。ちなみにこの作品を基に、FEILER社製のタオルが作られ、ミュージアムショップで購入することができます。
またこの部屋には、平櫛田中や高村光雲の小ぶりな彫刻作品、板谷波山の香炉などの常設展示作品に加え、季節がわりで趣向を凝らした工芸品等が展示されていて、小さい展示室ながら茂木氏の美術品に対する思いにじっくりと触れ合うことができます。(現在、座った猫が目で何かを追う姿を表した長谷川昴の彫刻作品が展示されているのですが、その作品タイトルが「虫」であることに、作者の洒落っ気を感じてしまいました)
続いての常設展示のコーナーでは、富士山をテーマにした一角が設けられ、青い富士を背景に金彩で木や花を描いた片岡珠子の「めでたき富士」をはじめ、横山大観、梅原龍三郎、大山忠作、中島千波、竹内邦夫ほか、様々な画家がそれぞれの手法で描いた富士山を対比して見ることができます。それぞれの作品の富士山の頂上の高さを揃えて展示していることが、室内に調和を与えています。そして室内に小ぶりな作品の多い中、室内中央のステージのように高くなった一角には、満月と稜線に雪を煙らせた富士の姿を四曲一双の屏風に描いた松本哲男の「一宇一月明」が、見やすさを重視してフラットな状態で展示され、存在感を際立たせています。天井には対角線上に明かり取りの窓があるのですが、これは富士山の位置と筑波山の位置を一直線に結んでいるそうで、美術館建築時からいかにして作品を見せようと考えていたかのこだわりを強く感じることができます。
そして特筆すべきは、二重の黒いカーテンで仕切られた特別展示コーナーに展示されている浮世絵コレクションです。光により褪色しやすい浮世絵版画への影響を最小限にすることを考慮し、人が立ち入った時のみ感応性の照明が灯される展示室となっています。この貸切感を楽しむことができる長細い展示室では、年に何度か作家ごとの企画展が催されています。
浮世絵版画は初版で約200枚刷ることができ、売れ筋のものは、大量生産のために図案や彩色を簡略化しつつ同じ絵柄を増版できる、という特徴があります。そのため、現代にも同じ図案のものが何枚も残っている作品がある反面、初版と増版(後摺)分との作品としての質の差や、その後の保管状態によって大きく現在の見た目に差が出てしまいます(ざっくり言うと見た目の良し悪しの差が顕著に現れています)。そのような浮世絵版画の中から、茂木氏のお眼鏡にかなった本当にいい作品だけを所蔵しているのが、茂木家本家美術館の大きな魅力のひとつです。
歌川広重の「名所江戸百景」、「東海道五十三次」の揃いや、葛飾北斎、東洲斎写楽はじめ歌川国芳、また明治期に活躍した小林清親や、大正新版画の川瀬巴水など、約3000点の幅広いコレクションを所蔵しています。
その作品のクオリティの高さだけではなく、とても見やすい位置に配置された覗き見型のケースも美術館の魅力のひとつです。ちょうど見やすい高さに斜めに設置された展示ケースのおかげで、作品の数センチ前まで近づいてみることができ、空摺、雲母摺などの状態をじっくり上から覗き込むことができます。 そのほか、壁面にも額装された浮世絵が展示されるので、一度の企画展で約60枚程度の作品を楽しむことができます。
なお、この美術館では、天気のいい日は庭園も楽しむことができ、奥にあるお稲荷さんの手水鉢の上に施された、狐の嫁入りや子育てなどの様子の彫刻も見応えがあります。

都心からは少々離れていますが、是非美術館に足を運び、茂木氏の素晴らしいコレクションとその“魅せ方”をお楽しみいただければと思います。
またお時間に余裕のある方は、私の本当の地元にある柏市郷土資料展示室に足を伸ばして、コレクターから市に寄贈された人間国宝の染色家・芹沢銈介作品の展示などを楽しまれてはいかがでしょうか。こちらは年に1〜2回程度企画展を開催しています。
■茂木家本家美術館
〒278-0037 千葉県野田市野田242
水曜~日曜10:00~17:00(月曜、火曜休館) ※入館は16:00まで
Tel : 04-7120-1011 Fax : 04-7120-1012
予約専用電話 04-7120-1489
E-mail : momoa@snow.ocn.ne.jp
URL: http://www.momoa.jp/index.html

学生時代は文化史を専攻し、近代西洋絵画史や浮世絵について学びました。就職後は展覧会を年に数回楽しむ生活をしていましたが、文化行政に関する部署への異動に伴い「美術検定」の存在を知り、自分の美術の知識は世間的にはどれくらいのレベルなのかという気持ちで受験しました。検定の勉強を始めてからは、体系的に美術史の流れをみるようになったり、展覧会を見る側から見せる側の目線でみるようになったり、美術に対する接し方や考え方が大きく変わりました。受験勉強としては、美術検定関連書籍をはじめ美術に関する本を幅広く読みました。また、「日曜美術館」「美の巨人たち」など、美術関連テレビ番組も欠かさずチェックしました。検定1級の合格にあたっては、横浜トリエンナーレや東京国立博物館でのボランティア活動がとても役に立ちました。
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