東京・吉祥寺と言えば、マキヒロチ作
『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』や、いしかわじゅん作
『吉祥寺キャットウォーク』など、コミックのタイトルにもなっている魅力的な街。
この街にある
井の頭恩賜公園は、ボート遊び、お花見、動物園やミニ遊園地、気持ちのいいカフェなどいろいろな楽しみがあり、訪れたことのある方も多いと思います。
実は、ここにはちょっとした秘境?があります。園内にある自然文化園の奥に、「長崎平和記念像」で知られる彫刻家・北村西望の一大アートスポットがあるのです。

1人の作家の彫刻館としては、明治から昭和にかけて活躍した彫刻家・朝倉文雄による谷中の
台東区立朝倉彫塑館がよく知られ、来館者を集めています。
しかし、その朝倉文雄とも親交があり同時代に活躍した北村西望の彫刻館は、少々静かすぎるほど静かで、訪れる人もまばらです。こんなにいい場所にあり、自然文化園の入場料400円だけで入れるというコスパの良さなのにもったいない!園内の紹介パンフレットを片手に各館でスタンプを押しながら、アート散策が楽しめます。

まず初めに西望の代表作、「長崎平和記念像」の原形がある彫刻館A館。ドカーンと置かれた9メートル70センチの銀色に輝く石膏原形像は、なかなかの迫力。下からも上からも見ることが出来、大きさを実感しつつ細部も見渡すことが出来ます。
彫刻館B館は西望の若い時代の意欲的な作品が並んでいます。様々な対象に取り組み、彫刻家を目指すきっかけとなった欄間の彫り物も展示されています。高校生の作とは思えないさすがの出来栄え。
そして、すべてを生み出してきた西望のアトリエ館。特におすすめしたい場所です。
高い天井、いくつもの窓、自動回転台、制作用の機械仕掛けの足場、様々なのみ、木槌、金槌、筆。いろいろな素材で制作された像、壁面は制作に使った木芯の切れ端を集めて作った寄木の装飾でいっぱいに飾られ、西望の制作魂のようなものがひしひしと伝わってきます。道具はどれもごつくて十分に使い込まれています。

…木々に囲まれて昼間でもやや薄暗く感じるこのアトリエ、夜には怖くなかったのかな?
また、ここでは西望のたくさんの野外彫刻とも出会うことが出来ます。
木下直之の著書
『股間若衆』で取り上げられている、とろける股間を持つ男性裸体彫刻や躍動感あふれる彫刻達は、建物の中より風通しのよい屋外にあり、心なしかのびのびと四肢を広げているよう。
…西望はどんな思いで作ったのかな?どれくらいの時間が流れたのかな?

裸体像や軍人の像は、時代の社会的背景によって評価も扱いも変わってきました。
高い台座の上から人々を見下ろしていた時代があったかと思うと、別の場所で地べたに直置きされたり、簡易な台座に乗せられたり、故郷に里帰りしたり。今はここに安住の地を得て、静かににたたずんでいるのかもしれません。個人の芸術家の作品をたどると、その変化の中に文化史が折りたたまれていると感じます。
野外彫刻マップを観ながら、ポーズや顔つきに突っ込みを入れ、全踏破。
さらに色づく葉っぱと動物、水辺の生き物…と見どころは尽きることなく、いつのまにか12450歩、距離にして約7kmを歩き回っていました。
自然文化園というネーミングはいい得て妙。まだまだ発見がありそうな秋の一日でした。
プロフィール/美術館で手にした美術検定のチラシのイラストに惹かれて受験。2008年に1級取得。現在は、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館でガイドスタッフとして活動中。美術は観るのも、読むのも、話すのも、描くのも大好き。