アートナビゲーター美術館コレクションレポート 「 アサヒビール大山崎山荘美術館 」
皆様こんにちは。大阪府高槻市在住の菅野美智子です。今回は、美術検定応援館でもある京都府のアサヒビール大山崎山荘美術館を紹介します。
■立地と歴史
JR京都線山崎駅から徒歩約10分、天王山に向かって坂道を上るともうそこは深い緑の中。
トンネル「琅玕洞(ろうかんどう)」は約5500坪の広大な庭園への入口で、そこをくぐって更に坂道を上って門を入ると、堂々たるアラカシの大木が目に入ってきます。その奥で、自然と一体の欧風建築である本館が訪問者を待ち受けています。

門を入ったところから眺める本館。右手にアラカシの木の一部が見える
京都府大山崎町、天王山の南麓に、実業家・加賀正太郎が英国風の山荘を建てたのは大正の末から昭和にかけてでした。成功した実業家であったばかりではなく、多才な趣味人・文化人でもあった加賀は、設計を自ら監修し、20年の歳月をかけて自分の美意識にかなう住居を造り上げました。
この山荘は、彼が亡くなって建物が加賀家の手を離れたあと、老朽化から取り壊しの話も持ち上がった危機を乗り越え、京都府と大山崎町、加賀と親交の深かった現アサヒビール株式会社の初代社長であった山本為三郎の尽力で復元され、1996年、美術館として開館した歴史を持ちます。
入口の琅玕洞も含めた庭内6つの建物が2004年に国の有形文化財に登録されていて、山荘自体が鑑賞の対象でもあります。開館に向けて増設された、安藤忠雄設計の地中館(「地中の宝石箱」)と、かつては蘭を栽培する温室があった山手館(「夢の箱」)も、本館の様式と自然環境に溶け込んで一体感を感じさせます。

昔は温室へと続いてたガラス窓が美しい廊下は、今は山手館への通路となっている
四季折々の植物が目を楽しませてくれる庭園も素晴らしく、日常の喧騒を逃れて心身のリフレッシュを図りたいときに訪れたい場所のひとつです。

庭園の庭を臨む
■展示と所蔵品
約1000点の所蔵品の中心となるのは、開館にあたって寄贈された山本為三郎のコレクションで、山本が柳宗悦が提唱した「民藝運動」を支援していたことから、交流のあった河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉などの陶磁器作品、芹沢銈介らの染色工芸、黒田辰秋の木工作品など優れた工芸作品が美術館コレクションの個性ともなっていて、これらが本館の重厚な木造りの空間に展示されると、作品個々の放つ存在感がひときわ映え、展示される場がいかに大切かを実感できます。

2階テラスの陶板。右はバーナード・リーチ「鉄絵組タイル」 、左は濱田庄司「鉄青流描階テラス」
他に海外作品としては、パウル・クレー、ジョルジュ・ルオー、ジョアン・ミロ、アメデオ・モディリアーニ、日本の絵画では、棟方志向、尾形乾山、珍しいところでは、加賀正太郎監修の『蘭花譜』があります。加賀は、当時日本ではまだ知られていなかった洋蘭の栽培と研究に情熱を傾け、1946年に自費でこの植物図譜を刊行しました。木版やカラー図版など計104点にものぼる図版が収録され、図版の美しさでは美術作品として、また充実した内容からは学術的にも貴重な資料となっています。『蘭花譜』はおりに触れ部分公開されており、筆者も数点観たことがありますが、繊細な線や色彩の美しさが見事で、しばし見とれてしまったのを思い出します。
彫刻作品では、アルベルト・ジャコメッティ、イサム・ノグチ、ヘンリー・ムーアなどを有し、野外ではバリー・フラナガンの立ち上がった大きな兎の像がダイナミックでどこかユーモラスな姿を見せています。
当然のことながら、企画展のテーマや四季折々の趣向に応じて所蔵作品の展示替えがありますが、折々に何が出ているかを楽しみに来館できるのも、小規模な美術館ならではの魅力と言えるでしょう。
■開催中の企画展
当館の企画展はいつも、建物の美点を生かす工夫が凝らされていて、現在開催中の「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展(2018年9月15日~12月2日開催)もその例にもれません。
谷崎作品に登場する女性たちの装いをアンティークの着物で見ることの出来るこの企画展から、加賀の、谷崎も含めた文化人たちとの交流の様子や、加賀をめぐる人々の美への強いこだわりが垣間見えてきます。谷崎が作品に書きとどめた着物の美を視覚化し、初版本の装丁にまで意匠を凝らした彼の美意識に触れることの出来るこの企画展はとても興味深く、筆者の訪れた日も、デザイン、あるいは文学を勉強していると見受けられる若い人の団体や、着物姿の女性を多く見かけました。
■喫茶室とテラス
鑑賞の後は、2階にある喫茶室で一休みすることをお勧めします。南側に広く張り出したテラスからの眺望は雄大で、春には川辺の背割り堤に連なる満開の桜並木、秋には紅や黄に染まった樹々を眺めながら味わうコーヒーは格別です。
企画展に合わせて、リーガロイヤルホテル京都が提供するオリジナル・スイーツも楽しみで、今は、谷崎潤一郎が好んだモカロールが供されています。

眺めのよいテラス席にて、モカロールとコーヒーを注文
近辺には、日本最古の、利休が作ったと信じ得る唯一の現存する茶室「待庵(たいあん)」(国宝)や、昭和3年に建築家の藤井厚二が建てた環境共生住宅の原点で国の重要文化財にも登録されている「聴竹居(ちょうちくきょ)」、― いずれも見学可・要予約 ― など、文化的観光スポットも点在し、山崎は知的好奇心を掻き立てられる歴史の地でもあります。関西の人々に親しまれているこの美術館、遠方からの美術ファンや旅行者にも是非訪れてもらいたい魅力的な施設です。
■アサヒビール大山崎山荘美術館
〒618-0071 京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時半まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、臨時休館、年末年始 ※月ごとの休館日はホームページに掲載
入館料 一般900円(団体800円)、高・大学生500円(団体400円)、中学生以下無料、 障がい者手帳の保持者300円
※団体は20名以上
※美術検定合格者は、合格認定証を提示すると100円割引の特典があります
TEL・FAX 075-957-3123(総合案内) ・ 075-957-3126
https://www.asahibeer-oyamazaki.com/
プロフィール
日頃は音楽に携わっていて、神戸市の演奏団体のミュージック・アドヴァイザーをしています。コンサートのプレトークでは、音楽作品とその時代の芸術作品全体に関心を持ってもらえるように、美術、文学の話も交えるように努めています。
最近の例としては、シェーンベルクとカンディンスキーの出会いから生まれた年刊誌『青騎士』1912年の復刻版(白水社)を紹介しながら、シェーンベルクと詩の関わり、彼の自画像などについて話を進めました。 美術検定は2016年に1級を取得しました。検定試験の準備には、実際に観る、また、自分の観方を持つ(例えば、特に好きな作家を追求し、同時代の作家たちとのかかわりを見ていくことなどを通じ、少しづつ視野を広げていく)ことも重要かと考えます。作家との個人的な距離を見いだせれば、より強い印象として記憶にも刻まれると思います。
JR京都線山崎駅から徒歩約10分、天王山に向かって坂道を上るともうそこは深い緑の中。
トンネル「琅玕洞(ろうかんどう)」は約5500坪の広大な庭園への入口で、そこをくぐって更に坂道を上って門を入ると、堂々たるアラカシの大木が目に入ってきます。その奥で、自然と一体の欧風建築である本館が訪問者を待ち受けています。

門を入ったところから眺める本館。右手にアラカシの木の一部が見える
京都府大山崎町、天王山の南麓に、実業家・加賀正太郎が英国風の山荘を建てたのは大正の末から昭和にかけてでした。成功した実業家であったばかりではなく、多才な趣味人・文化人でもあった加賀は、設計を自ら監修し、20年の歳月をかけて自分の美意識にかなう住居を造り上げました。
この山荘は、彼が亡くなって建物が加賀家の手を離れたあと、老朽化から取り壊しの話も持ち上がった危機を乗り越え、京都府と大山崎町、加賀と親交の深かった現アサヒビール株式会社の初代社長であった山本為三郎の尽力で復元され、1996年、美術館として開館した歴史を持ちます。
入口の琅玕洞も含めた庭内6つの建物が2004年に国の有形文化財に登録されていて、山荘自体が鑑賞の対象でもあります。開館に向けて増設された、安藤忠雄設計の地中館(「地中の宝石箱」)と、かつては蘭を栽培する温室があった山手館(「夢の箱」)も、本館の様式と自然環境に溶け込んで一体感を感じさせます。

昔は温室へと続いてたガラス窓が美しい廊下は、今は山手館への通路となっている
四季折々の植物が目を楽しませてくれる庭園も素晴らしく、日常の喧騒を逃れて心身のリフレッシュを図りたいときに訪れたい場所のひとつです。

庭園の庭を臨む
■展示と所蔵品
約1000点の所蔵品の中心となるのは、開館にあたって寄贈された山本為三郎のコレクションで、山本が柳宗悦が提唱した「民藝運動」を支援していたことから、交流のあった河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉などの陶磁器作品、芹沢銈介らの染色工芸、黒田辰秋の木工作品など優れた工芸作品が美術館コレクションの個性ともなっていて、これらが本館の重厚な木造りの空間に展示されると、作品個々の放つ存在感がひときわ映え、展示される場がいかに大切かを実感できます。

2階テラスの陶板。右はバーナード・リーチ「鉄絵組タイル」 、左は濱田庄司「鉄青流描階テラス」
他に海外作品としては、パウル・クレー、ジョルジュ・ルオー、ジョアン・ミロ、アメデオ・モディリアーニ、日本の絵画では、棟方志向、尾形乾山、珍しいところでは、加賀正太郎監修の『蘭花譜』があります。加賀は、当時日本ではまだ知られていなかった洋蘭の栽培と研究に情熱を傾け、1946年に自費でこの植物図譜を刊行しました。木版やカラー図版など計104点にものぼる図版が収録され、図版の美しさでは美術作品として、また充実した内容からは学術的にも貴重な資料となっています。『蘭花譜』はおりに触れ部分公開されており、筆者も数点観たことがありますが、繊細な線や色彩の美しさが見事で、しばし見とれてしまったのを思い出します。
彫刻作品では、アルベルト・ジャコメッティ、イサム・ノグチ、ヘンリー・ムーアなどを有し、野外ではバリー・フラナガンの立ち上がった大きな兎の像がダイナミックでどこかユーモラスな姿を見せています。
当然のことながら、企画展のテーマや四季折々の趣向に応じて所蔵作品の展示替えがありますが、折々に何が出ているかを楽しみに来館できるのも、小規模な美術館ならではの魅力と言えるでしょう。
■開催中の企画展
当館の企画展はいつも、建物の美点を生かす工夫が凝らされていて、現在開催中の「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展(2018年9月15日~12月2日開催)もその例にもれません。
谷崎作品に登場する女性たちの装いをアンティークの着物で見ることの出来るこの企画展から、加賀の、谷崎も含めた文化人たちとの交流の様子や、加賀をめぐる人々の美への強いこだわりが垣間見えてきます。谷崎が作品に書きとどめた着物の美を視覚化し、初版本の装丁にまで意匠を凝らした彼の美意識に触れることの出来るこの企画展はとても興味深く、筆者の訪れた日も、デザイン、あるいは文学を勉強していると見受けられる若い人の団体や、着物姿の女性を多く見かけました。
■喫茶室とテラス
鑑賞の後は、2階にある喫茶室で一休みすることをお勧めします。南側に広く張り出したテラスからの眺望は雄大で、春には川辺の背割り堤に連なる満開の桜並木、秋には紅や黄に染まった樹々を眺めながら味わうコーヒーは格別です。
企画展に合わせて、リーガロイヤルホテル京都が提供するオリジナル・スイーツも楽しみで、今は、谷崎潤一郎が好んだモカロールが供されています。


眺めのよいテラス席にて、モカロールとコーヒーを注文
近辺には、日本最古の、利休が作ったと信じ得る唯一の現存する茶室「待庵(たいあん)」(国宝)や、昭和3年に建築家の藤井厚二が建てた環境共生住宅の原点で国の重要文化財にも登録されている「聴竹居(ちょうちくきょ)」、― いずれも見学可・要予約 ― など、文化的観光スポットも点在し、山崎は知的好奇心を掻き立てられる歴史の地でもあります。関西の人々に親しまれているこの美術館、遠方からの美術ファンや旅行者にも是非訪れてもらいたい魅力的な施設です。
■アサヒビール大山崎山荘美術館
〒618-0071 京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時半まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、臨時休館、年末年始 ※月ごとの休館日はホームページに掲載
入館料 一般900円(団体800円)、高・大学生500円(団体400円)、中学生以下無料、 障がい者手帳の保持者300円
※団体は20名以上
※美術検定合格者は、合格認定証を提示すると100円割引の特典があります
TEL・FAX 075-957-3123(総合案内) ・ 075-957-3126
https://www.asahibeer-oyamazaki.com/

日頃は音楽に携わっていて、神戸市の演奏団体のミュージック・アドヴァイザーをしています。コンサートのプレトークでは、音楽作品とその時代の芸術作品全体に関心を持ってもらえるように、美術、文学の話も交えるように努めています。
最近の例としては、シェーンベルクとカンディンスキーの出会いから生まれた年刊誌『青騎士』1912年の復刻版(白水社)を紹介しながら、シェーンベルクと詩の関わり、彼の自画像などについて話を進めました。 美術検定は2016年に1級を取得しました。検定試験の準備には、実際に観る、また、自分の観方を持つ(例えば、特に好きな作家を追求し、同時代の作家たちとのかかわりを見ていくことなどを通じ、少しづつ視野を広げていく)ことも重要かと考えます。作家との個人的な距離を見いだせれば、より強い印象として記憶にも刻まれると思います。
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