前述のシンポジウムでお話をされたのは、東京国立近代美術館の学芸課長、蔵屋美香さんです。同館では2011年の東日本大震災後に何ができるだろうかと逡巡した結果、2012年からこの震災に関わる作品のコレクションを始めたそうです。2014年には、「
特集:地震のあとでー東北を思うⅢ」という展覧会を開催していました。この展覧会は同館の収蔵品のみで構成されたもので、ご覧になった方も多いかもしれません。筆者も展示作品の数は非常に少ないのに、とても強い展示だったことを覚えています。
■新しい領域の作品が加わることでコレクションが違ってみえる最近、東京国立近代美術館で展覧会をみた方はご存知かと思いますが、同館では企画展は1階で、2階~4階のフロアでは、開国以降の美術の流れがわかる展示とともに、小さなテーマ展示スペースが設けられています。以前はそれこそ美術の大きな流れがわかる展示のみだったと記憶しています。蔵屋さんによると、このテーマ展示のきっかけが、2012年から始めた東日本大震災関連の作品コレクションだったそうです。
同館では1万3000点を超える近現代美術のコレクションを持っていますが、そこに「東日本大震災」関連の新しい作品が加わることで、コレクションへの視線に変化が生まれたそうです。蔵屋さんいわく「1つの作品が入ることで、ほかの作品の関係性が変わり、重要性が変化する」と。研究しつくされたように見えていた作品のコンセプトや重要性、その時代での位置づけ、そういったものが、別の要素が入ることによって「ガラガラと全部動いていくんです」。以前からある作品と、新しく購入した作品を「震災」でつないでみたら、過去の作品の中に別のストーリーがみえてきて、作品の再発見があったとおっしゃるのです。
その気付きから、同館では、美術の流れという大きな物語を紡ぐ展示と、別の日本の歴史を語るような小さなテーマ展示を併置することになったそうです。また、「作品を集め続けていると、作品の関係性が変わってくる」ことのほかに、新たなコレクションによって「歴史は繰り返す」ことがわかり、コレクションだからこそできる「社会に警鐘を鳴らすこと」の可能性にも気づいたとお話しされていました。これまで多くの作品と向き合ってきた学芸員さんの、実感のこもった言葉でした。
■展示作品だけに注目するか、文脈も読み解くかここ数年、大規模な巡回展の影に隠れていますが、古美術を中心とした美術館だけでなく、国公立の近代美術館でも収蔵品による企画展が増えてきました。これが意外に面白いのです。かつて、時系列にずらずら~、あるいは作家ごとにずらずら~っと展示されていたときには、あまり興味を惹かれなかった作品に違う文脈で出会うと、対話がスムーズになることもあります。
例えば、神奈川県の平塚市美術館が昨年末から今年の2月まで開催していた「収蔵作品による“なんだろう”展+新収蔵品展」や、千葉県の佐倉市美術館が2017年まで3年間開催していた収蔵品による「ミテ・ハナソウ」展は、作品1つ1つと対話する喜びが生まれる展示でした。今年、横浜美術館で「モネ それからの100年」展と同時開催だった「特集展示:モネと同時代のフランス写真ー都市の風景など」という写真の収蔵品展示は、モネと同じ時間に生きたフランス人の眼に写ったパリとモダン・ライフという切り口で、モネの作品を思い浮かべながら、じっくりと写真に向き合うことができました。
収蔵品展は「あの作品、みたことあるから」と、つい足が遠のきがちになることもありますが、それは実にもったいないようです。わざわざ常設展や収蔵品展だけをみにいく時間はとれない方も、企画展にお出かけの際は、時間にゆとりをもって常設展や収蔵品展を巡ってみませんか。学芸員さんたちが仕掛けた問いやトラップに、あえてひっかかりながら展示をみるのも面白いと思います。
*****
文=染谷ヒロコ(本ブログ編集)