アートナビゲーター・美術館コレクションレポート「富山県水墨美術館」
はじめまして。富山県内唯一のアートナビゲーターの品川です。
水墨美術館???中身がなんとなく想像できそうな名称ですが、こんな名称の美術館、これまであったかなあ?と思われる方も多いかもしれません。今回は、私がボランティア活動をしている富山県水墨美術館を紹介させていただきます。
水墨美術館???中身がなんとなく想像できそうな名称ですが、こんな名称の美術館、これまであったかなあ?と思われる方も多いかもしれません。今回は、私がボランティア活動をしている富山県水墨美術館を紹介させていただきます。

何必館・京都現代美術館館長・梶川芳友氏揮毫による正門扁額
■美術館のなりたち
1993年2月、富山県砺波市出身の日本画家・下保昭の画業の流れを網羅する作品100点が、これらを収蔵していた京都の何必館・京都現代美術館から富山県に寄贈されました。当時、日本画や水墨画にふさわしい展示環境が無かったことから、「水墨画を中心とする新美術館」の開設が策定されました。およそ6年の歳月をかけて新たな美術館が誕生したのは、1999年4月29日のことでした。平成最後の月である2019年4月で、ちょうど20年になります。
■美術館の名称
初めて来館された方から、「水墨画だけの展示かと思ったら、そうではないのですね」との声が寄せられることがあるのですが、確かに、水墨画以外の色彩豊かな日本画や工芸品なども展示しています。そのような声には、「水墨画美術館ではなく、水墨美術館なのですよ」とお答えします。「水墨」という言葉については、「水墨画」という一つのジャンルに限定せず、日本の伝統や文化、日本人の心や精神が生み出してきた日本の美術全体を象徴する名称、という風に受け止めていただければと思います。
■建物の特徴
鉄筋コンクリート造の本館、 木造の茶室ともに 、 寄せ棟造り日本瓦葺き平屋建て です。 屋根には 、美術館のイメージに合うよう愛知県産の三州瓦の墨色のいぶし瓦が使用 されてい ます。


池越しに望む正面玄関と、むくり屋根
全体的に直線を多用した建物ですが、外に出て屋根を見上げると、柔らかであたたかな印象を与えてくれるはずです。その理由は、「むくり」と呼ばれる屋根の形状。神社仏閣に多い「そり」に対し、「 むくり」と呼ばれる独特の形状で、ほんのり微かに膨らんでいます。「むくり」屋根は、高度な技術を要するためか公共建築での作例は少ないようですが、代表的な建築物ですと京都の桂離宮がむくり屋根です。
■コレクション
主に近代以降、つまり明治期以降の水墨画や日本画を中心に、工芸品や一部江戸期の作品も含め、およそ700点を収蔵しています。竹内栖鳳や横山大観 、菱田春草 といった近代日本を代表する作家とともに、当美術館設立のきっかけとなった下保昭をはじめとする富山県ゆかりの作家の作品を収集、展示しています。
■見どころ・1
エントランスホールの正面には、中央アフリカ原産のブビンガというマメ科の木で作られた、長さ8mの一枚板のベンチが置かれています。ここに座って庭園とともに建物の長い廊下部分を眺めると、せり出した廂が長く続く光景が京都の三十三間堂に似ていると感じられるかもしれません。


長さ8mのブビンガ一枚板のベンチと、ルーヴル美術館改修時の廃材を利用したベンチ
エントランスホールから110m続く廊下に3つ、本館南端の下保昭展示室にひとつ、やはりブビンガを座面とする小型のベンチがありますが、足の部分にライムストーンと呼ばれる白い石灰岩が使われています。この石灰岩は、フランスのルーヴル美術館の大改修に際して不要となった敷石を再利用したもの。来館の際には絶対に見逃せない、そして腰掛けずにはいられないベンチです。
■見どころ・2
ベンチに腰かけて外を眺めると一面芝生の庭園が広がっていますが、そこには一本のベニシダレザクラ。一見孤独そうに思える佇まいですが、最小限のものの配置で美を表現することの多い日本画や水墨画の世界に通じるようです。このベニシダレザクラは、武家屋敷で有名な東北の小京都、角館町から移植されたもの。庭園の周縁には、サツキ、ツツジ、モミジなどが植えられ、背後の神通川の土手のソメイヨシノとともに、四季折々の風景を彩ります。天候が良ければ、ソメイヨシノの木立の間から、3000m級の山々が連なる立山連峰を望むことが出来ます。

角館町から移植されたベニシダレザクラ
■見どころ・3
廊下の一番奥に、美術館開設のきっかけとなった下保昭作品の常設展示室があります。この展示室に入ってすぐ右側の壁面に展示される作品には、主廊下から間接的ながら自然光がわずかに射し込みます。この展示室の一部は畳敷きで、床の間にかけられた作品は畳に上がって鑑賞していただけますが、右手、西側の障子窓を通して柔らかな光が射し込みます。美術館は、安定不変の人工的な照明だけで作品を鑑賞するのが一般的ですが、この展示室では、季節や時間帯、さらには天候によっても様々に異なる光をも作品鑑賞のひとつの要素に取り入れています。
■見どころ・4
美術館の一番奥には茶室「墨光庵」があり、その静寂な空間で、ゆっくりお茶を味わっていただくことが出来ます。茶室から眺める庭は、主廊下から眺める芝生の庭とは全く異なる趣です。この茶室は、富山県出身で数寄屋建築の第一人者であった中村外二が最晩年に手掛けたもの。立礼席の天井は越前和紙の袋張り、床柱は栗の木、八畳の間の床柱は木目の美しい赤松です。土壁は鉄分を含んだ聚楽塗りが施され、歳月を経るごとに味わいが増しています。

茶室「墨光庵」
■見どころ・5
映像ホールでは、水墨画の歴史や作品に関するオリジナル映像作品2本を交互に上映しています。第一部「水墨画への誘い」では、雪舟を中心に室町時代から江戸末期にかけて水墨画が日本独自の文化として育っていく過程を、第二部「近代水墨画の創造」では、明治以降の水墨画の系譜を紹介します。この第二部が、もう一つの常設展示室のテーマである「近代水墨画の系譜」につながっています。
館内には上記の常設展示2室と企画展示2室、計4つの展示室が配置されていますが、展示室間の移動の際には必ず庭を眺められます。鑑賞の合い間に、ちょっとひとやすみしながら、のんびりゆっくり、そしてまったりと過ごしたい、そんな美術館です。


美術館全景(俯瞰図) と、中庭から眺めた美術館
■富山県水墨美術館
〒930-0887 富山県富山市五福777番地
開館時間 午前9時~午後6時(入室は午後5時半まで)
休館日 月曜日(祝日除く)、祝日の翌日、年末年始、臨時休館日
入館料 [常設展]一般200円(団体は160円) [企画展]企画展ごとに設定
※18歳以下及び各種手帳をお持ちの障害者の方は常設展・企画展共に無料
※大学生及びこれに準ずる方、70歳以上の方は常設展のみ無料
TEL.076-431-3719 FAX. 076-431-3720
http://www.pref.toyama.jp/branches/3044/3044.htm

なんとなくその存在だけは知っていたのですが、ある日ある時親しい友人から、「美術検定って、知ってる? 美術が好きなら受けてみたら?」と言われたのが、美術検定受験のきっかけ。中学高校時代に学校で半強制的に受検させられた英語検定を除けば、これが人生初の検定への挑戦でした。背中を押してくれたその友人には、心より感謝!
1級合格は2011年。現在、富山県水墨美術館と富山県美術館(前身の富山県立近代美術館時代から)で、館内案内、作品解説等のボランティア活動に従事。富山県射水市在住。出身は青森県弘前市。
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