美術検定協会主催トークイベント「アートとメディア、オーディエンスのこれからを考える」レポート
こんにちは、「美術検定」実行委員会事務局です。
今回は、9月10日(火)に開催された、一般社団法人美術検定協会主催のトークイベント「アートとメディア、オーディエンスのこれからを考える」のレポートをお届けします。
このイベントは、普段はあまりアートや美術館に関心が向いていない方にもシェアできるトピックを選んで開催されました。
今回は、9月10日(火)に開催された、一般社団法人美術検定協会主催のトークイベント「アートとメディア、オーディエンスのこれからを考える」のレポートをお届けします。
このイベントは、普段はあまりアートや美術館に関心が向いていない方にもシェアできるトピックを選んで開催されました。
今回のトークイベントは、森美術館のSNS担当をする洞田貫晋一朗さん、Web版『美術手帖』副編集長の橋爪勇介さん、Tokyo Art Beatのブランド・ディレクター田原新司郎さんを登壇者に迎え、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパンの深井厚志さんがファシリテーターとして進行した。
前日の台風の影響もあり、この日のオーディエンスは約40名ほど。うち、美術関係者や美術検定受験者などアートに造詣が深い人と、マーケティングやPRに興味があって参加した人の割合は半々だった。

スクリーン横の左から洞田貫さん、橋爪さん、田原さん、深井さん
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<登壇者とメディアについて>
●洞田貫晋一朗さん
森ビル株式会社 森アーツセンター森美術館 マーケティンググループ 広報・プロモーション担当 シニアエキスパート
『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング』(翔泳社、2019年)の著者。森ビルの異なる部署から2015年に美術館へ異動、デジタル・マーケティングや集客を担当。
[森美術館のSNSの現在]
国内の美術館として最大の45万フォロワーを持ち、Instagram、Twitter、Facebookでバランス良く情報発信を行う。同館の出口調査では、来館動機にSNSが上がってくるのも特徴と捉えている。また、常時SNSをチェックし、展覧会を紹介してくれた投稿には、公式SNSから「いいね」やリツイートを行っている。
●橋爪勇介さん
株式会社美術出版社 Web版『美術手帖』副編集長
2016年に美術出版社へ入社、Web版『美術手帖』の前身、Web版『BITECHO』を引き継ぐ。2017年に現行メディアをローンチさせた。
[Web版『美術手帖』SNSの現在]
サイト自体は400万PV/月。SNSのフォロワーは、Facebook、Twitterは6〜8万、Instagramは7万。ほかに、LINEや中国発のWeChat(微信)でも情報発信を行う。Webの記事やSNS発信への反応(投稿)について、リプライはしないが「いいね」の反応をする場合がある。
●田原新司郎さん
Tokyo Art Beat ブランド・ディレクター/NPO法人 Gadago理事
Tokyo Art Beatの設立者が運営したアートイベントのインターンを経て、2009年よりの正式スタッフとなる。
『Tokyo Art Beat』は、2004年にスタートしたのWebメディア。東京を中心に関東近郊の美術館、ギャラリー、アートスペースの展覧会やイベント情報を日英バイリンガルで発信する。サイト立ち上げ当時は在日外国人のニーズに応えるメディアだったが、アート情報を網羅する日本語サイトもなく、日本人ユーザーも獲得していた。2009年より「Tokyo Art Beat」アプリ版を、2010年より美術館割引アプリ「ミューぽん」の運用も開始。また、ユーザーイベントの開催などリアルな活動も行う。
[『Tokyo Art Beat』SNSの現在]
Twitterは25万、Instagramは5万7000、Facbookでは1万7000フォロワーを抱える。SNSへの反応には、コメント投稿、リツイートなども行っている。
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登壇者の自己紹介とメディア紹介のあと、ファシリテーターの深井さんは3名の立場を次のように分けた。
①森美術館=自館の展覧会情報を発信する立場
②Web版『美術手帖』(以下、美術手帖Webと表記)=マスメディアとして編集を通し客観性を付加した情報を発信する立場
③『Tokyo Art Beat』(以下、TABと表記)=各所から情報を収集し、ポータル化・アーカイブ化していく立場
上記を前提に、「アート界のSNS状況をマッピング」、「オーディエンスの変化」、「今後の展望と展開」の3トピックスについて、深井さんが3者にインタビューする形式でトークは進められた。
1 アート界のSNS状況をマッピング
①展覧会情報を発信する
■研究不足・人手不足の国内美術館、規模の違う海外の著名美術館
深井さんから洞田貫さんへの最初の質問は、「森美術館は日本一のSNSフォロワーを持つ館だが、他館の状況はどうなっているのか」というもの。これに対し、「国内の館ではSNSがあまり研究されておらず、手探りの印象を受ける。SNSで来館者が増えると気づいてないのではないか。また、美術館ではSNS専任の担当者がおらず、情報のアップが精一杯という状況と察する」と応答する。さらに、合計約1200万フォロワーを持つニューヨーク近代美術館のSNSの状況、メトロポリタン美術館のリアルとSNSをミックスしたイベントのMETガラ(コスチューム・インスティテュート・ガラ。詳細はhttps://www.vogue.co.jp/tag/metgalaなどを参照)が、約7万8000のInstagramフォロワーを1日で増やした事例として紹介された。
■SNSで発信しにくい美術展情報とシビアな目標数値
次に、「シンプルな情報発信を心がける」という森美術館のSNSの特徴に至った理由が尋ねられた。洞田貫さんは、「展覧会はアーティストやキュレーションの意図が重要で、展覧会のストーリーもあるなど、情報発信の自由度がなくやりづらい。かみくだいて発信することしか方法がない。その中でどう発信するかを考えた時に、ユニークな企業投稿とは真逆の戦いをするしかない」と結論付けたと話す。アートと相性のよいアーティスティックな写真の活用については、「プロの写真より、スマートフォンで撮った自分の写真の方が「いいね」をもらえる。人の肌感というリアルさが画面越しに伝わると気づいた」という。

森美術館の公式Instagramより
洞田貫さんによると、同館のSNSについては、KPI(重要業績評価指標)の目標数値の1つとして、どれだけ表示回数があったかというインプレッション数を設定しているとのこと。展覧会のオープン前に「1500万インプレッションを取りに行く」というような目標値を社内で公表し、それを目指して情報発信やシェアをしていくという。「事前の告知投稿への反応から、これは100万行くな、800万にとどまるな、ということもわかります」。情報発信の際は、展覧会情報と教育普及の募集告知の投稿数バランスにも注意を払っているそうだ。
②マスメディアとして情報を発信する
■紙媒体とWeb媒体の『美術手帖』の違い
橋爪さんいわく、「2媒体の編集部が分かれており、互いに干渉しない。相互転載も基本はしない構成」であるという。「美術手帖Webは、今の時代のスピード感に合った情報発信をしていくことを目的に立ち上げられた」と続けた。現在では、雑誌は2ヶ月に1回の発行となり、特集ベースでテーマを深く掘り下げ、重い論考などWebには向かないコンテンツを掲載している。それぞれメディア特性に応じた役割分担をしているそうだ。
■速報的な取材記事
「アートの世界は何も起こっていないように見えて、結構いろいろなことが起きている。それをどこまで拾っていけるか」と橋爪さんは話す。「自分たちで現場に出向いて、取材して書く。Webでは基本的にライターを使わず、その場で書いてゲラを出して記事をアップする。内覧会は当日に書いて記事をアップする、というスピード感を持って運営している」とのこと。美術手帖Webのコンテンツのうち、[MAGAZINE]がいわゆる記事にあたる。その中でも、速報性を重視した「展覧会レビュー」は特徴的だという。以前は『美術手帖』に多く掲載されていたレビューだが、現在は2人の筆者を残して、すべてWeb版で公開している。また「Insight」は、雑誌の論考に近い内容を掲載しているが、そこまで時事性がなくとも、取り上げるべきトピックスであれば取材して書くそうだ。

メインコンテンツ「Magazine」の下層にある「Insight」のページ
■Web版の運営資源
深井さんから「紙媒体の場合は販売利益が資源となるが、無料配信されるWeb版はどこから利益をあげるのか」という質問があった。美術手帖Webは、タイアップ記事(プロモーション記事と表記のあるもの)と純粋広告(画面上のバナー)の出稿で運営しているとのことだった。
③情報のポータル化・アーカイブ化をする
■月間800件の情報量と検索キーの多彩さが特徴
TABでは常時500件、月間800件の情報をバイリンガルで配信している。半数程度は展覧会やイベント主催者からのリリースを転載したもの、半数はスタッフ自身で発掘した情報を掲載しているという。田原さんは「ジャンル検索やエリア検索をはじめ、検索キーのバリエーションの多さに配慮している。例えば、建築がかっこいいという独断的なリストやアート・コレクターが運営するスペースのリストはその例」と話す。

TABの特徴でもある、検索キーのバリエーション
■位置情報を早い時期から活用してきたメディア
深井さんはTABのサイトについて、「今いるスペースから徒歩何分のところで話題の展覧会があっている、こういうアートスペースがあるなど、位置情報にひもづいた付加情報が早い時期から表示されていたサイト。単にチラシを並べた情報発信でなく、展覧会に行くユーザーが使いやすいよう、サイト内の回遊性を意識した設計を早くからされていた」と指摘する。それについて田原さんは、「Googleさんの有料化などで難しい部分はあるものの、アプリの方がさらに使いやすいインターフェイスに設計されている。実際、ミューぽんは、日本で1番使われているアートのアプリ」という。

アマゾンの商品リコメンド機能のような、位置情報にひも付く付加情報

TABアプリのスマートフォン画面
■NPO法人が運営母体
TABも美術手帖Web同様、Webメディアであり、その運営資源は気になるところだ。「よくバックがあるのではと言われるが、そういったものはなく、NPOが運営している。最初からボランティアベースの集まりだったため、共有のものとして立ち上げたメディア。助成金もほぼいただいておらず、基本的に広告収入で運営し、1割弱が課金制アプリからの収益」と、田原さんは説明した。
2 オーディエンスの変化
“合点がいく” と、人は動く
3者の立場から見たオーディエンスの変化について、深井さんはまず、洞田貫さんへ「大きな発信メディアを抱える館に他メディアは必要なのか。他メディアへのアプローチやSNSの活用、一般の人へのアプローチに関して大きな戦略や方針はあるか」と問いかけた。洞田貫さんは「TABさんや美術手帖Webさんは、アート界の情報を“広く知らせる・読んでもらう”ことが大切な部分。美術館の公式SNSはそこから、“来てもらう”というリアル・アクションまで持っていかなければならない点が大きな違い」と役割の違いを説明する。また、「情報を“知っている”だけでは来館に結びつかない」と続けた。
洞田貫さんは、「館の公式SNSからの情報に、メディアの取材記事や友達のSNSなどさまざまな角度から発信される情報が合わさり、“合点が行く”。そこで初めて“行こう”という行動に結びついている」とオーディエンスの行動までのプロセスを分析する。その上で、「メディアミックスは必要」という。森美術館は、例えばTABや美術手帖Webで自館の展覧会などが採り上げられると、必ず「いいね」やリツイートをするそうで、「公式SNSからの反応はありがたい。その記事のビューも増える」と田原さん、橋爪さんも同意する。「こちらのフォロワーが多ければ、メディアや書き手にも喜んでもらえ、こちらは今まで届かなかったお客さんにも届く良い循環が生まれる」と、洞田貫さんは小さなアクションで起きる効果を説明した。
アートへの関わり方が変わってきたオーディエンス
深井さんは洞田貫さんの発言を受け、オーディエンスのアートの楽しみ方や関わり方が、SNSの時代になってロング・スパンになってきたのではないかと指摘する。そのうえで、「発信した先のオーディエンス(読者)の行動や反応にメディアとしてどういう意識を持っているのか」という質問を、長くアート情報を発信してきたメディアを代表する橋爪さんに向けた。
美術手帖Webでは、毎週1回、Googleのアナリスト機能を用いた全記事のスコア・レビューを編集部とマーケティング部の合同で行うそうだ。「特定の記事が受け入れられた理由や読まれなかった理由を分析し、次に何をすればよいのかを考え、コンテンツに反映していかなければならない」と橋爪さんは話す。一方で、「読者が必ず読む“鉄板記事”――例えば年間の展覧会入場者数ランキングや年始のみたい展覧会ベスト10のような記事――は、どう角度を変えるかといったことも検討する」という。
Web媒体と紙媒体と比較した場合、「Webはおそらく読者の年齢層は広いが、一見さんで終わる方もいる。SNSに記事の告知投稿をすると、タイムラインに流れる。そこから記事を閲覧し、1記事だけ見たら終わりという方もいて、『美術手帖』という媒体を意識しない人たちの比率も高くなる。そういった方々をいかにリピーターに変えていくかという点は苦労している」と橋爪さんは続けた。
Twitterのコモディティ化とアートの特殊性
SNSでもユーザーとコミュニケーションをとるTABでは、どのような方針でオーディエンスとの交流を深めているのか。TwitterとInstagramを1人で担当する田原さんは、「投稿したいときに投稿している。最近、Twitterに関しては、交流らしい交流はできていないのが正直なところ。25万のフォロワーがいるためにSNSとしては主要メディアと言えるが、コモディティ化しすぎて面白さに欠けてきた。10年くらい前の、Twitterを始めた当時のフォロワーが全くいなくなっている。Twitterに、リベラルで自由な雰囲気がなくなってしまったのかと感じる」という。さらに、「Instagramをよく見ているが、こちらも“インスタ映え”すればそれでいいのかという問題もある。また、最近はSNSでバズっても、バズったねとそのまま流れていく傾向にあると思う」と指摘する。
この点について橋爪さんは「メディアなのでバズりたい(笑)が、それが第一ではない」と受けた。「アートでバズる傾向があるのは、ゴシップ系の記事や今回のあいちトリエンナーレのように一般のメディアでも採り上げられるようなトピック。美術手帖Webで頻繁に採り上げているあいちトリエンナーレの件は、現在の美術業界を揺るがしている一番大きな震源地であり、今現場に遭遇しているのであれば、それを伝えなくて美術手帖の意味があるのかというくらいの思いで伝えている」と話す。また、「地方で何かあれば、その都度、現地に足を運んで伝える。これはアートジャーナリズムには重要なこと。メディアとして大切なのは、自分たちが届けたい内容を読者に届けることだろう。その1つ1つを読んでもらうには、サイト全体でのブランディングをしていくことが重要で、そのために記事のバランスは考えながら運営している」との考えを示した。
3 今後の展望と展開
最後のトピックについては、洞田貫さんには森美術館のWebマーケティングの視点からの今後、田原さんと橋爪さんにはメディアとして今後の展開について、深井さんからそれぞれ尋ねた。
10代とアートに無関心な層の開拓を
森美術館が今課題にしているのは、現在のメイン来館者である20代に加えて、さらい若い10代を客層に取り込むことだという。これは、日本の人口減少によるオーディエンスの先細りを見越しての課題でもある。また、洞田貫さんは「ある公的な鑑賞活動の統計によると、展覧会に行かない人の8〜9割はそもそもアートに関心がないという結果が出ている。これは、そこに宝の山があるのに、全くリーチできていない状況であり、開拓の余地があるということ。SNSはあくまでもオーディエンスにアプローチの1手段でしかなく、質のよい展覧会を開催し、その層に最適なツールを選んでアタックしていきたい」と応えた。
展覧会後の体験をネットワークできる場に
田原さんは「TABは現場に行く鑑賞者を増やしたい、と立ち上げたメディア。そこから展覧会をみたあとの体験をどうするのか、感想を醸成する流れをどう作るかという点を、今後はアプリなども使って考えていきたい」と応える。また、東京在住の外国人たちがWebからアプリに移行することで生まれる形も模索中だという。今後は、SNSだけでなく、TAB自体がソーシャル・ネットワークングの場になる運用を考えているようだ。
日本と海外のアート状況をつなぐ、メディアミックスを促進する
橋爪さんによると、美術手帖Webの今後は2つの方向に注力するという。1つは「アートの世界で何が起こっているのかを伝える」ために、現在網羅しきれていない海外発のアート情報を日本の読者に伝えることと、バイリンガル化を進めて日本発のアート情報を海外へ発信すること。「これは自分たちの役割」と話す。もう1つは、今年11月に新生の渋谷パルコに美術出版社がオープンする作品展示や販売チャンネルを持つカフェ「OIL」も含めた、雑誌・Web・リアルスペースなどのメディアミックスにより、アートマーケットの醸成をしたいと考えているそうだ。「実際に読者とメディア双方の顔の見える場が1つあるというのは、その場にいかに来てもらうかという点を棚上げすると、強いのではないか」と話した。
右上の画面は「OIL by 美術手帖」のTOPページ。同サイトは、美術出版社が2019年に新ブランドで開始したECサイト。今まで国内にはほとんどなかった、オンライン決済が可能なプライマリー・マーケットとしても注目されている
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トークの終盤には、洞田貫さんが橋爪さんへ「WeChat」のオーディエンスの反応について質問したことに端を発し、中国語メディアと日本語メディアの文化の違いや、国立美術館と私立美術館の多言語化対応への違いについて話が展開した。また、それらにまつわるコスト問題にも言及。もともとバイリンガルで情報発信するTABの田原さんからは、実例とともに、都市ごとにバイリンガルメディアを立ち上げ、それらをネットワークするあり方が紹介された。
最後に設けられた質問タイムには、SNS活用につてのテクニカルな質問から、オーディエンスによるネガティブな投稿への対応、英語版と日本語版でのオーディエンスの興味関心の違いなどについて、熱心な質問が続いた。
今回のトークでは、マーケティングや集客におけるSNS活用のヒントや課題が見えてきた。同時に、コモディティ化するTwitterの問題、アートマーケットやオーディエンス醸成のためのメディアのあり方、アート界が社会的に直面している課題など、今後、掘り下げたいトピックスも多く浮き彫りにしたのではないかと思う。
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取材・文=染谷ヒロコ(本ブログ編集)
前日の台風の影響もあり、この日のオーディエンスは約40名ほど。うち、美術関係者や美術検定受験者などアートに造詣が深い人と、マーケティングやPRに興味があって参加した人の割合は半々だった。

スクリーン横の左から洞田貫さん、橋爪さん、田原さん、深井さん
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<登壇者とメディアについて>
●洞田貫晋一朗さん
森ビル株式会社 森アーツセンター森美術館 マーケティンググループ 広報・プロモーション担当 シニアエキスパート
『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング』(翔泳社、2019年)の著者。森ビルの異なる部署から2015年に美術館へ異動、デジタル・マーケティングや集客を担当。

国内の美術館として最大の45万フォロワーを持ち、Instagram、Twitter、Facebookでバランス良く情報発信を行う。同館の出口調査では、来館動機にSNSが上がってくるのも特徴と捉えている。また、常時SNSをチェックし、展覧会を紹介してくれた投稿には、公式SNSから「いいね」やリツイートを行っている。
●橋爪勇介さん
株式会社美術出版社 Web版『美術手帖』副編集長
2016年に美術出版社へ入社、Web版『美術手帖』の前身、Web版『BITECHO』を引き継ぐ。2017年に現行メディアをローンチさせた。

サイト自体は400万PV/月。SNSのフォロワーは、Facebook、Twitterは6〜8万、Instagramは7万。ほかに、LINEや中国発のWeChat(微信)でも情報発信を行う。Webの記事やSNS発信への反応(投稿)について、リプライはしないが「いいね」の反応をする場合がある。
●田原新司郎さん
Tokyo Art Beat ブランド・ディレクター/NPO法人 Gadago理事
Tokyo Art Beatの設立者が運営したアートイベントのインターンを経て、2009年よりの正式スタッフとなる。

[『Tokyo Art Beat』SNSの現在]
Twitterは25万、Instagramは5万7000、Facbookでは1万7000フォロワーを抱える。SNSへの反応には、コメント投稿、リツイートなども行っている。
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登壇者の自己紹介とメディア紹介のあと、ファシリテーターの深井さんは3名の立場を次のように分けた。
①森美術館=自館の展覧会情報を発信する立場
②Web版『美術手帖』(以下、美術手帖Webと表記)=マスメディアとして編集を通し客観性を付加した情報を発信する立場
③『Tokyo Art Beat』(以下、TABと表記)=各所から情報を収集し、ポータル化・アーカイブ化していく立場
上記を前提に、「アート界のSNS状況をマッピング」、「オーディエンスの変化」、「今後の展望と展開」の3トピックスについて、深井さんが3者にインタビューする形式でトークは進められた。
1 アート界のSNS状況をマッピング
①展覧会情報を発信する
■研究不足・人手不足の国内美術館、規模の違う海外の著名美術館
深井さんから洞田貫さんへの最初の質問は、「森美術館は日本一のSNSフォロワーを持つ館だが、他館の状況はどうなっているのか」というもの。これに対し、「国内の館ではSNSがあまり研究されておらず、手探りの印象を受ける。SNSで来館者が増えると気づいてないのではないか。また、美術館ではSNS専任の担当者がおらず、情報のアップが精一杯という状況と察する」と応答する。さらに、合計約1200万フォロワーを持つニューヨーク近代美術館のSNSの状況、メトロポリタン美術館のリアルとSNSをミックスしたイベントのMETガラ(コスチューム・インスティテュート・ガラ。詳細はhttps://www.vogue.co.jp/tag/metgalaなどを参照)が、約7万8000のInstagramフォロワーを1日で増やした事例として紹介された。
■SNSで発信しにくい美術展情報とシビアな目標数値
次に、「シンプルな情報発信を心がける」という森美術館のSNSの特徴に至った理由が尋ねられた。洞田貫さんは、「展覧会はアーティストやキュレーションの意図が重要で、展覧会のストーリーもあるなど、情報発信の自由度がなくやりづらい。かみくだいて発信することしか方法がない。その中でどう発信するかを考えた時に、ユニークな企業投稿とは真逆の戦いをするしかない」と結論付けたと話す。アートと相性のよいアーティスティックな写真の活用については、「プロの写真より、スマートフォンで撮った自分の写真の方が「いいね」をもらえる。人の肌感というリアルさが画面越しに伝わると気づいた」という。

森美術館の公式Instagramより
洞田貫さんによると、同館のSNSについては、KPI(重要業績評価指標)の目標数値の1つとして、どれだけ表示回数があったかというインプレッション数を設定しているとのこと。展覧会のオープン前に「1500万インプレッションを取りに行く」というような目標値を社内で公表し、それを目指して情報発信やシェアをしていくという。「事前の告知投稿への反応から、これは100万行くな、800万にとどまるな、ということもわかります」。情報発信の際は、展覧会情報と教育普及の募集告知の投稿数バランスにも注意を払っているそうだ。
②マスメディアとして情報を発信する
■紙媒体とWeb媒体の『美術手帖』の違い
橋爪さんいわく、「2媒体の編集部が分かれており、互いに干渉しない。相互転載も基本はしない構成」であるという。「美術手帖Webは、今の時代のスピード感に合った情報発信をしていくことを目的に立ち上げられた」と続けた。現在では、雑誌は2ヶ月に1回の発行となり、特集ベースでテーマを深く掘り下げ、重い論考などWebには向かないコンテンツを掲載している。それぞれメディア特性に応じた役割分担をしているそうだ。
■速報的な取材記事
「アートの世界は何も起こっていないように見えて、結構いろいろなことが起きている。それをどこまで拾っていけるか」と橋爪さんは話す。「自分たちで現場に出向いて、取材して書く。Webでは基本的にライターを使わず、その場で書いてゲラを出して記事をアップする。内覧会は当日に書いて記事をアップする、というスピード感を持って運営している」とのこと。美術手帖Webのコンテンツのうち、[MAGAZINE]がいわゆる記事にあたる。その中でも、速報性を重視した「展覧会レビュー」は特徴的だという。以前は『美術手帖』に多く掲載されていたレビューだが、現在は2人の筆者を残して、すべてWeb版で公開している。また「Insight」は、雑誌の論考に近い内容を掲載しているが、そこまで時事性がなくとも、取り上げるべきトピックスであれば取材して書くそうだ。

メインコンテンツ「Magazine」の下層にある「Insight」のページ
■Web版の運営資源
深井さんから「紙媒体の場合は販売利益が資源となるが、無料配信されるWeb版はどこから利益をあげるのか」という質問があった。美術手帖Webは、タイアップ記事(プロモーション記事と表記のあるもの)と純粋広告(画面上のバナー)の出稿で運営しているとのことだった。
③情報のポータル化・アーカイブ化をする
■月間800件の情報量と検索キーの多彩さが特徴
TABでは常時500件、月間800件の情報をバイリンガルで配信している。半数程度は展覧会やイベント主催者からのリリースを転載したもの、半数はスタッフ自身で発掘した情報を掲載しているという。田原さんは「ジャンル検索やエリア検索をはじめ、検索キーのバリエーションの多さに配慮している。例えば、建築がかっこいいという独断的なリストやアート・コレクターが運営するスペースのリストはその例」と話す。


TABの特徴でもある、検索キーのバリエーション
■位置情報を早い時期から活用してきたメディア
深井さんはTABのサイトについて、「今いるスペースから徒歩何分のところで話題の展覧会があっている、こういうアートスペースがあるなど、位置情報にひもづいた付加情報が早い時期から表示されていたサイト。単にチラシを並べた情報発信でなく、展覧会に行くユーザーが使いやすいよう、サイト内の回遊性を意識した設計を早くからされていた」と指摘する。それについて田原さんは、「Googleさんの有料化などで難しい部分はあるものの、アプリの方がさらに使いやすいインターフェイスに設計されている。実際、ミューぽんは、日本で1番使われているアートのアプリ」という。

アマゾンの商品リコメンド機能のような、位置情報にひも付く付加情報

TABアプリのスマートフォン画面
■NPO法人が運営母体
TABも美術手帖Web同様、Webメディアであり、その運営資源は気になるところだ。「よくバックがあるのではと言われるが、そういったものはなく、NPOが運営している。最初からボランティアベースの集まりだったため、共有のものとして立ち上げたメディア。助成金もほぼいただいておらず、基本的に広告収入で運営し、1割弱が課金制アプリからの収益」と、田原さんは説明した。
2 オーディエンスの変化
“合点がいく” と、人は動く
3者の立場から見たオーディエンスの変化について、深井さんはまず、洞田貫さんへ「大きな発信メディアを抱える館に他メディアは必要なのか。他メディアへのアプローチやSNSの活用、一般の人へのアプローチに関して大きな戦略や方針はあるか」と問いかけた。洞田貫さんは「TABさんや美術手帖Webさんは、アート界の情報を“広く知らせる・読んでもらう”ことが大切な部分。美術館の公式SNSはそこから、“来てもらう”というリアル・アクションまで持っていかなければならない点が大きな違い」と役割の違いを説明する。また、「情報を“知っている”だけでは来館に結びつかない」と続けた。
洞田貫さんは、「館の公式SNSからの情報に、メディアの取材記事や友達のSNSなどさまざまな角度から発信される情報が合わさり、“合点が行く”。そこで初めて“行こう”という行動に結びついている」とオーディエンスの行動までのプロセスを分析する。その上で、「メディアミックスは必要」という。森美術館は、例えばTABや美術手帖Webで自館の展覧会などが採り上げられると、必ず「いいね」やリツイートをするそうで、「公式SNSからの反応はありがたい。その記事のビューも増える」と田原さん、橋爪さんも同意する。「こちらのフォロワーが多ければ、メディアや書き手にも喜んでもらえ、こちらは今まで届かなかったお客さんにも届く良い循環が生まれる」と、洞田貫さんは小さなアクションで起きる効果を説明した。
アートへの関わり方が変わってきたオーディエンス
深井さんは洞田貫さんの発言を受け、オーディエンスのアートの楽しみ方や関わり方が、SNSの時代になってロング・スパンになってきたのではないかと指摘する。そのうえで、「発信した先のオーディエンス(読者)の行動や反応にメディアとしてどういう意識を持っているのか」という質問を、長くアート情報を発信してきたメディアを代表する橋爪さんに向けた。
美術手帖Webでは、毎週1回、Googleのアナリスト機能を用いた全記事のスコア・レビューを編集部とマーケティング部の合同で行うそうだ。「特定の記事が受け入れられた理由や読まれなかった理由を分析し、次に何をすればよいのかを考え、コンテンツに反映していかなければならない」と橋爪さんは話す。一方で、「読者が必ず読む“鉄板記事”――例えば年間の展覧会入場者数ランキングや年始のみたい展覧会ベスト10のような記事――は、どう角度を変えるかといったことも検討する」という。
Web媒体と紙媒体と比較した場合、「Webはおそらく読者の年齢層は広いが、一見さんで終わる方もいる。SNSに記事の告知投稿をすると、タイムラインに流れる。そこから記事を閲覧し、1記事だけ見たら終わりという方もいて、『美術手帖』という媒体を意識しない人たちの比率も高くなる。そういった方々をいかにリピーターに変えていくかという点は苦労している」と橋爪さんは続けた。
Twitterのコモディティ化とアートの特殊性
SNSでもユーザーとコミュニケーションをとるTABでは、どのような方針でオーディエンスとの交流を深めているのか。TwitterとInstagramを1人で担当する田原さんは、「投稿したいときに投稿している。最近、Twitterに関しては、交流らしい交流はできていないのが正直なところ。25万のフォロワーがいるためにSNSとしては主要メディアと言えるが、コモディティ化しすぎて面白さに欠けてきた。10年くらい前の、Twitterを始めた当時のフォロワーが全くいなくなっている。Twitterに、リベラルで自由な雰囲気がなくなってしまったのかと感じる」という。さらに、「Instagramをよく見ているが、こちらも“インスタ映え”すればそれでいいのかという問題もある。また、最近はSNSでバズっても、バズったねとそのまま流れていく傾向にあると思う」と指摘する。
この点について橋爪さんは「メディアなのでバズりたい(笑)が、それが第一ではない」と受けた。「アートでバズる傾向があるのは、ゴシップ系の記事や今回のあいちトリエンナーレのように一般のメディアでも採り上げられるようなトピック。美術手帖Webで頻繁に採り上げているあいちトリエンナーレの件は、現在の美術業界を揺るがしている一番大きな震源地であり、今現場に遭遇しているのであれば、それを伝えなくて美術手帖の意味があるのかというくらいの思いで伝えている」と話す。また、「地方で何かあれば、その都度、現地に足を運んで伝える。これはアートジャーナリズムには重要なこと。メディアとして大切なのは、自分たちが届けたい内容を読者に届けることだろう。その1つ1つを読んでもらうには、サイト全体でのブランディングをしていくことが重要で、そのために記事のバランスは考えながら運営している」との考えを示した。
3 今後の展望と展開
最後のトピックについては、洞田貫さんには森美術館のWebマーケティングの視点からの今後、田原さんと橋爪さんにはメディアとして今後の展開について、深井さんからそれぞれ尋ねた。
10代とアートに無関心な層の開拓を
森美術館が今課題にしているのは、現在のメイン来館者である20代に加えて、さらい若い10代を客層に取り込むことだという。これは、日本の人口減少によるオーディエンスの先細りを見越しての課題でもある。また、洞田貫さんは「ある公的な鑑賞活動の統計によると、展覧会に行かない人の8〜9割はそもそもアートに関心がないという結果が出ている。これは、そこに宝の山があるのに、全くリーチできていない状況であり、開拓の余地があるということ。SNSはあくまでもオーディエンスにアプローチの1手段でしかなく、質のよい展覧会を開催し、その層に最適なツールを選んでアタックしていきたい」と応えた。
展覧会後の体験をネットワークできる場に
田原さんは「TABは現場に行く鑑賞者を増やしたい、と立ち上げたメディア。そこから展覧会をみたあとの体験をどうするのか、感想を醸成する流れをどう作るかという点を、今後はアプリなども使って考えていきたい」と応える。また、東京在住の外国人たちがWebからアプリに移行することで生まれる形も模索中だという。今後は、SNSだけでなく、TAB自体がソーシャル・ネットワークングの場になる運用を考えているようだ。
日本と海外のアート状況をつなぐ、メディアミックスを促進する

右上の画面は「OIL by 美術手帖」のTOPページ。同サイトは、美術出版社が2019年に新ブランドで開始したECサイト。今まで国内にはほとんどなかった、オンライン決済が可能なプライマリー・マーケットとしても注目されている
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トークの終盤には、洞田貫さんが橋爪さんへ「WeChat」のオーディエンスの反応について質問したことに端を発し、中国語メディアと日本語メディアの文化の違いや、国立美術館と私立美術館の多言語化対応への違いについて話が展開した。また、それらにまつわるコスト問題にも言及。もともとバイリンガルで情報発信するTABの田原さんからは、実例とともに、都市ごとにバイリンガルメディアを立ち上げ、それらをネットワークするあり方が紹介された。
最後に設けられた質問タイムには、SNS活用につてのテクニカルな質問から、オーディエンスによるネガティブな投稿への対応、英語版と日本語版でのオーディエンスの興味関心の違いなどについて、熱心な質問が続いた。
今回のトークでは、マーケティングや集客におけるSNS活用のヒントや課題が見えてきた。同時に、コモディティ化するTwitterの問題、アートマーケットやオーディエンス醸成のためのメディアのあり方、アート界が社会的に直面している課題など、今後、掘り下げたいトピックスも多く浮き彫りにしたのではないかと思う。
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取材・文=染谷ヒロコ(本ブログ編集)
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