アートナビゲーター・美術館コレクションレポート「徳島県立近代美術館」
こんにちは。徳島のアートナビゲーターの山本です。今回は徳島県立近代美術館を紹介します。
徳島については阿波踊りのイメージしかない方がほとんどだと思いますので、まずは徳島についてご紹介させていただきます。
徳島は、四国八十八ケ所の起点である一番札所や、時代を越えてたくさんの絵師や画家たちが描いてきた鳴門の渦潮があります。最近鳴門は、大塚国際美術館で急激に知名度が上がっていますが、ベートヴェンの交響曲第9番のアジア初演の地でもあります。
徳島の歴史としては、邪馬台国四国阿波説には深入りせずとも、天皇の代替わりの公室行事である大嘗祭で天皇がお召しになる「あらたえ」は、古代より阿波の三木家によってのみ作ることが許されています。
このように文化的要素はけっこうある徳島県ですが、いまいちそれらに関心が薄い県民性です。現在は県庁所在地に1000席以上のホールがない唯一の県だと書かれたりしますが、ほとんどの人が特に気にしていません。また、徳島は青色LEDが生まれたところであり、最新のテクノロジーを活用したシステムやデジタルコンテンツの開発を行うチームラボの代表・猪子寿之氏の出身地だという幸運に恵まれながら、せっかくはじめたLEDデジタルアートフェスティバルを、単に地域活性化や阿波踊りに次ぐ観光の目玉といったコンセプトと周期や開催時期もばらばらだったこともあってか、失敗に終わらせてしまったりもします。
そんな徳島県ですが、「文化の森」という場所が存在します。
■「文化の森」にある徳島県立近代美術館
「文化の森」こと徳島県文化の森総合公園は、博物館・図書館・近代美術館・文書館・鳥居龍蔵記念博物館・二十一世紀館の6館を有する全国でも例のない複合施設で、徳島市内と園瀬川を見下ろす丘陵地にあり、阿波のアクロポリスのような場所です。
オープンしたのはバブル崩壊の約半年前、1990年11月3日文化の日。日本経済が絶頂を迎えた時に開館した徳島県立近代美術館は、予算が十分に確保できた開館前に重要なコレクションを収集し、現在所蔵作品数は4500点を超えています。

見晴らしのよい丘の上にそびえるポストモダン建築の美術館外観
■「20世紀の人間像」コレクション
徳島県立近代美術館のコレクションの柱は以下の3つです。
1.20世紀の人間像
2.現代版画
3.徳島ゆかりの美術
今回ご紹介する「20世紀の人間像」というテーマは、どこの美術館にもない分野のコレクションです。<人のかたち>という、人間自身が最もよく知っているものを通して、20世紀美術の実験と変貌の歴史をたどるというコンセプトで、現在も作品収集が続けられています。
代表的な人間像はピカソの二作品です。一点目はマリー=テレーズをモデルにした《赤い枕で眠る女》。2018年にパリやロンドンで、「ピカソ 1932」展という、ピカソにとって特別な一年である1932年をたどる展覧会が開かれましたが、こちらも1932年に描かれた作品です。二点目はゲルニカと同じ年に描かれた《ドラ・マールの肖像》です。このドラは《泣く女》や《ゲルニカ》のような激情のドラではなく、とってもエレガントですよ。
その他の主な人間像の所蔵作品としては、線のリズムや色彩の美しいパウル・クレーの《子供と伯母》、得体の知れないエネルギーを感じるジャン・デュビュッフェの《熱血漢》、失われゆく江戸の風俗を描いた鏑木清方の《夏姿》、そして怒りや純粋性などの複雑な表情の少女像で自己の内面を掘り下げた奈良美智の《Untitled (Broken Treasure) 》などがあります。
展示室で一点ずつ人間像と向き合い、自分なりにメモをとったりするうちに内部浄化されているようで、いつもすっきりした気分で美術館を後にします。

美術館ロビーの壁の彫刻、ジョナサン・ボロフスキーの《スチールヘッド》

コレクション展示室の屋外展示場にて。
ジョージ・シーガル《ベンチに座るサングラスの女》と共に
■自慢のこの一点!アントニー・ゴームリー《天使の器Ⅱ》
2018年美術検定1級問題でも出題されたアントニー・ゴームリーの作品《ノース・オブ・エンジェル》。産業革命後、時代を経てその力を失っていったイギリスに突如そびえ立った大きな鉄の天使は、批判を受けながらも徐々に人々の意識を変え、かつて鉄鋼の街として栄えたロンドン北西のゲーツヘッドのシンボルとなっています。
そんなイギリスを代表する現代彫刻家ゴームリーの《天使》が、徳島にも存在します。とはいえ、正確には《天使の器Ⅱ》なので、中身の天使はいません。不在の在を体現した彫刻です。この作品は、1997年に「アントニー・ゴームリー」展が日本各地を巡回した際に徳島で倒れ、修復のため徳島会場だけ展示できず、その悔しさから購入が決定された作品なのです。
実際に展示室で観ると、はじめはその大きさに驚き興奮し、時間が経つと金属の温度になじむように気持ちが静かになります。芸術作品として彫刻を鑑賞するというよりは、奈良の大仏の前に佇む感覚に近く、なんだかある種の宗教体験ができる作品です。作家自身も3年間インドやスリランカで仏教を学んだそうですが、そうと知るとこの《天使の器Ⅱ》という中が空洞になった作品は、すべては空(くう)であるという仏教の「色即是空」の思想につながっていくようにも感じられます。意識を受け入れる器としてのゴームリーの《天使の器Ⅱ》を是非ご覧いただきたいです。
■「文化の森」の楽しみ方
「文化の森」では、美術館以外にも博物館や文書館が楽しめますが、これらの建物のまわりには県民の森・創造の森・知識の森があり、野外彫刻や森林浴を楽しみながら散歩ができるようになっています。芝生の広場には、子供達のための遊具もあります。また公園内には「猫神さん」と親しまれる王子神社もあり、境内にいる猫たちに癒されること間違いなしです。なぜか君が代に詠われる「さざれ石」や卓球台もあります。公園内は夜18時から21時(春・夏は19時から21時)まで、LEDデジタルアートの二作品が常設展示されています。

「文化の森」では、招き猫が並ぶ王子神社やLEDデジタルアートでも楽しめる
なお、11月3日~11月17日と11月23日は、「関西文化の日」と称して、徳島県立近代美術館はじめ「文化の森」内の博物館、鳥居龍蔵記念博物館の常設展観覧料が無料となります。徳島にお越しの際は、是非この徳島県立近代美術館のある「文化の森」へもお立ち寄りください!
■徳島県立近代美術館
〒770-8070 徳島県徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園内
開館時間:午前9時30分~午後5時
休館日:月曜日(祝日の場合その翌日、年末年始、臨時休館日)
観覧料:[所蔵作品展] 一般200円(団体160円) 高校・大学生100円 小・中学生50円
[企画展] 展示会ごとに設定
TEL:088-668-1088 FAX : 088-668-7198
URL:https://art.tokushima-ec.ed.jp//
プロフィール
2018年美術検定1級合格。20代は大塚国際美術館でボランティアガイドをして、古代・中世の美術、特にビザンティン美術にのめり込んでいました。30代で日本画にしびれ、現在は「この絵の前で死ねる」と思える絵が菱田春草と不染鉄に一作品ずつあります。ピアノを教えながら教室内にアート部を作り、芸術祭や美術館へ行きながら子供たちと日々アートを楽しんでいます。
徳島は、四国八十八ケ所の起点である一番札所や、時代を越えてたくさんの絵師や画家たちが描いてきた鳴門の渦潮があります。最近鳴門は、大塚国際美術館で急激に知名度が上がっていますが、ベートヴェンの交響曲第9番のアジア初演の地でもあります。
徳島の歴史としては、邪馬台国四国阿波説には深入りせずとも、天皇の代替わりの公室行事である大嘗祭で天皇がお召しになる「あらたえ」は、古代より阿波の三木家によってのみ作ることが許されています。
このように文化的要素はけっこうある徳島県ですが、いまいちそれらに関心が薄い県民性です。現在は県庁所在地に1000席以上のホールがない唯一の県だと書かれたりしますが、ほとんどの人が特に気にしていません。また、徳島は青色LEDが生まれたところであり、最新のテクノロジーを活用したシステムやデジタルコンテンツの開発を行うチームラボの代表・猪子寿之氏の出身地だという幸運に恵まれながら、せっかくはじめたLEDデジタルアートフェスティバルを、単に地域活性化や阿波踊りに次ぐ観光の目玉といったコンセプトと周期や開催時期もばらばらだったこともあってか、失敗に終わらせてしまったりもします。
そんな徳島県ですが、「文化の森」という場所が存在します。
■「文化の森」にある徳島県立近代美術館
「文化の森」こと徳島県文化の森総合公園は、博物館・図書館・近代美術館・文書館・鳥居龍蔵記念博物館・二十一世紀館の6館を有する全国でも例のない複合施設で、徳島市内と園瀬川を見下ろす丘陵地にあり、阿波のアクロポリスのような場所です。
オープンしたのはバブル崩壊の約半年前、1990年11月3日文化の日。日本経済が絶頂を迎えた時に開館した徳島県立近代美術館は、予算が十分に確保できた開館前に重要なコレクションを収集し、現在所蔵作品数は4500点を超えています。


見晴らしのよい丘の上にそびえるポストモダン建築の美術館外観
■「20世紀の人間像」コレクション
徳島県立近代美術館のコレクションの柱は以下の3つです。
1.20世紀の人間像
2.現代版画
3.徳島ゆかりの美術
今回ご紹介する「20世紀の人間像」というテーマは、どこの美術館にもない分野のコレクションです。<人のかたち>という、人間自身が最もよく知っているものを通して、20世紀美術の実験と変貌の歴史をたどるというコンセプトで、現在も作品収集が続けられています。
代表的な人間像はピカソの二作品です。一点目はマリー=テレーズをモデルにした《赤い枕で眠る女》。2018年にパリやロンドンで、「ピカソ 1932」展という、ピカソにとって特別な一年である1932年をたどる展覧会が開かれましたが、こちらも1932年に描かれた作品です。二点目はゲルニカと同じ年に描かれた《ドラ・マールの肖像》です。このドラは《泣く女》や《ゲルニカ》のような激情のドラではなく、とってもエレガントですよ。
その他の主な人間像の所蔵作品としては、線のリズムや色彩の美しいパウル・クレーの《子供と伯母》、得体の知れないエネルギーを感じるジャン・デュビュッフェの《熱血漢》、失われゆく江戸の風俗を描いた鏑木清方の《夏姿》、そして怒りや純粋性などの複雑な表情の少女像で自己の内面を掘り下げた奈良美智の《Untitled (Broken Treasure) 》などがあります。
展示室で一点ずつ人間像と向き合い、自分なりにメモをとったりするうちに内部浄化されているようで、いつもすっきりした気分で美術館を後にします。

美術館ロビーの壁の彫刻、ジョナサン・ボロフスキーの《スチールヘッド》

コレクション展示室の屋外展示場にて。
ジョージ・シーガル《ベンチに座るサングラスの女》と共に
■自慢のこの一点!アントニー・ゴームリー《天使の器Ⅱ》
2018年美術検定1級問題でも出題されたアントニー・ゴームリーの作品《ノース・オブ・エンジェル》。産業革命後、時代を経てその力を失っていったイギリスに突如そびえ立った大きな鉄の天使は、批判を受けながらも徐々に人々の意識を変え、かつて鉄鋼の街として栄えたロンドン北西のゲーツヘッドのシンボルとなっています。
そんなイギリスを代表する現代彫刻家ゴームリーの《天使》が、徳島にも存在します。とはいえ、正確には《天使の器Ⅱ》なので、中身の天使はいません。不在の在を体現した彫刻です。この作品は、1997年に「アントニー・ゴームリー」展が日本各地を巡回した際に徳島で倒れ、修復のため徳島会場だけ展示できず、その悔しさから購入が決定された作品なのです。
実際に展示室で観ると、はじめはその大きさに驚き興奮し、時間が経つと金属の温度になじむように気持ちが静かになります。芸術作品として彫刻を鑑賞するというよりは、奈良の大仏の前に佇む感覚に近く、なんだかある種の宗教体験ができる作品です。作家自身も3年間インドやスリランカで仏教を学んだそうですが、そうと知るとこの《天使の器Ⅱ》という中が空洞になった作品は、すべては空(くう)であるという仏教の「色即是空」の思想につながっていくようにも感じられます。意識を受け入れる器としてのゴームリーの《天使の器Ⅱ》を是非ご覧いただきたいです。
■「文化の森」の楽しみ方
「文化の森」では、美術館以外にも博物館や文書館が楽しめますが、これらの建物のまわりには県民の森・創造の森・知識の森があり、野外彫刻や森林浴を楽しみながら散歩ができるようになっています。芝生の広場には、子供達のための遊具もあります。また公園内には「猫神さん」と親しまれる王子神社もあり、境内にいる猫たちに癒されること間違いなしです。なぜか君が代に詠われる「さざれ石」や卓球台もあります。公園内は夜18時から21時(春・夏は19時から21時)まで、LEDデジタルアートの二作品が常設展示されています。


「文化の森」では、招き猫が並ぶ王子神社やLEDデジタルアートでも楽しめる
なお、11月3日~11月17日と11月23日は、「関西文化の日」と称して、徳島県立近代美術館はじめ「文化の森」内の博物館、鳥居龍蔵記念博物館の常設展観覧料が無料となります。徳島にお越しの際は、是非この徳島県立近代美術館のある「文化の森」へもお立ち寄りください!
■徳島県立近代美術館
〒770-8070 徳島県徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園内
開館時間:午前9時30分~午後5時
休館日:月曜日(祝日の場合その翌日、年末年始、臨時休館日)
観覧料:[所蔵作品展] 一般200円(団体160円) 高校・大学生100円 小・中学生50円
[企画展] 展示会ごとに設定
TEL:088-668-1088 FAX : 088-668-7198
URL:https://art.tokushima-ec.ed.jp//

2018年美術検定1級合格。20代は大塚国際美術館でボランティアガイドをして、古代・中世の美術、特にビザンティン美術にのめり込んでいました。30代で日本画にしびれ、現在は「この絵の前で死ねる」と思える絵が菱田春草と不染鉄に一作品ずつあります。ピアノを教えながら教室内にアート部を作り、芸術祭や美術館へ行きながら子供たちと日々アートを楽しんでいます。
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