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美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

「美術検定」のオフィシャルブログです。

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美術史学習にITツールはこう使おう!

こんにちは。「美術検定」事務局です。
今回は、企業への翻訳支援技術コンサルタントとして活躍するアートナビゲーター、秋桜舎代表・山本ゆうじさんにお話を伺いました。

翻訳技術のプロフェッショナルの視点から、美術史学習へ効率的に取り組むためのアドバイスを教えていただきました。来年の検定受験にも、今後も美術史学習を重ねたい方にも有益な情報となることでしょう。


——まずは素朴な疑問なのですが、翻訳の専門家である山本さんが、なぜ「美術検定」を受験されたのでしょう? 仕事とは関係なく美術にご興味があるからでしょうか?

山本 そのとおりです。美術検定を受検したのは、美術の知識を深めることが純粋に楽しいからです。美術検定のおかげで、ばらばらだった知識の断片がつながって頭がすっきりし、美術作品を見ても今まで分からなかったことが分かるようになりました。美術は、私の本業の翻訳とは直接は関係ありません。私の仕事での専門は、「ITによる翻訳支援」です。翻訳そのものもしますが、関連して、分かりやすい日本語作文や効果的な英語教育などにも関わっています。筑波大学の比較文化学類で学んだ後、シカゴ大学の大学院に留学し、修士号を取得しました。そのころから、美術や芸術に関連して、個人的な研究テーマがありました。

——その個人的な研究テーマをお伺いしてもよろしいですか?

山本 それは、シカゴ大時代に研究していた日本の美意識、具体的には「いき(粋)」です。「いき」について理屈をこねること自体が野暮、というジレンマがあるのですが、これは、実に興味深く、日本から世界の文化発信にも重要なテーマです。残念なことに、日本の美術史や美学研究では、日本の美意識を相対化し、理論化する研究が進んでいません。いずれ、学界ではない場で、「いき」の理論を確立していきたいという野望があります(笑)。その活動の一つとして、2012年10月に渋谷ヒカリエのIDEA TALKというイベントで、「Iki(粋「いき」)を世界に通じる言葉にしよう!」というテーマでトークをしました。

——「いき」の研究に「美術検定」をどのように使われたのでしょうか?

山本 美意識の研究では、美術は重要な要素です。ただ、大学では、特定分野は学んでも、美術史全体を学ぶ機会はありませんでした。美術検定で知識を付けて、作品の中に表れる傾向が分かるようになると、新たな発見が生まれます。直感的に感じていた事項を、知識に基づいて検証し、裏付けできます。知識が力となるわけです。たとえば、美術検定を通して、中国、朝鮮が日本美術に与えた影響を客観的に見直すことができました。日本美術しか知らないと相対的な観点に立てません。日本美術を理解するには、各国美術を学ぶことも不可欠ではないでしょうか。

——なるほど。仕事上お持ちだった知識を、美術史学習にも転用されたとうかがっています。具体的にはどういったツールをどんな風に使われたのでしょうか? 例を教えていただけますか?

山本 そうですね。翻訳業務の効率化に使うITの技法を、美術史学習に転用しました。美術史の情報や知識の整理に非常に効果的でした。一例として、デジタル ノートの活用があります。Microsoft OneNoteというメモ取りソフトを使って、美術検定学習用のノートを作りました。書籍で学んだ内容を、紙ではなく、デジタル ノートで整理するわけです。OneNoteはテキスト(文章)はもちろん、自由な位置に画像、音声、ビデオまで貼り付けられます。たとえば、美術史上の時代区分ごとにページを作ったセクションがあります(画像)。電子テキストは、できあがった文章を読む、単にコピーして貼り付けるだけでなく、自分なりに整理し、分類し、感想を書くことで記憶に残せます。また、「遠近法」や「ルネサンス」のようなキーワードで自分のメモを全文検索できます。

OneNote"View of the Duomo's dome, Florence"
 CC BY 2.0 by Frank K.


"Firenze" CC BY 2.0 by Cebete
山本さんが制作した美術史学習用のデジタル ノート。美術検定のトピックごと、
美術史上の各時代区分の作品を閲覧できる
※画像はクリックで拡大


——ここまで作ることができるのですか。デジタル ノートというメモ取りソフトについて、その特徴や活用方法をもう少し教えてください。

山本 メモ取りソフトは、Microsoft Wordでなどのワープロのように見栄えの良い文書に仕上げるソフトとは違い、さまざまな情報を手早く集めて整理することに重点があります。他人に見せるのではなく、あくまで自分が覚えるためなので「整理されきっていない」のがポイントです。また、私が作成したようなデジタル ノートは複数人数で共有し、共同編集できるので、高校や大学での美術教育にも応用できます。

——本当に便利ですね。ほかにも活用できるITツールはありますか?

山本 ぜひ活用をお勧めしたいのがポッドキャストやビデオキャストです。海外の美術館やBBCは、質の高いコンテンツを配信しています。たとえば、BBCのA History of the World in 100 Objects は、人類の歴史を、大英博物館所蔵の100の工芸品を通して概観するポッドキャスト番組です。ロゼッタ ストーン、仏像、浮世絵など、一つ一つの作品に深い物語があり、古今東西の文化がつながっていることを実感できます。ウェブサイトでは、高解像度の写真で、工芸品を細部までじっくり眺められます。楽しく学ぶには非常に効果的です。英語がさほど得意でない方でも、映像は記憶に残ります。
また、イギリスのNational Galleryは、ポッドキャスト、ビデオキャストも充実していますが、所蔵作品の解説、おすすめの順路など、ウェブサイト自体の情報も豊富です。言葉の壁を克服すれば、この豊富な情報を自由に吸収できます。
この他に、Google日本語入力も美術検定学習者の必須ツールです。これは日本語入力方式の一つですが、固有名詞の漢字変換の精度が高く、「村山槐多」のような芸術家の人名、「聚光院障壁画」などの作品名を一度で確実に入力でき、いらいらせずにすみます。これも、翻訳、英語学習、日本語作文の技術の応用です。

——使えるツールがたくさんあることがわかりました。ところでこういったツールを使いたいと思う一方で費用が気になります。

山本 さきほど紹介したポッドキャストやGoogle日本語入力は無料です。OneNoteも無料で使えるバージョンがあります。アプリやコンテンツ、サービスはオプションで有料というものもありますが、まずは無料のツールを上手に使いこなすことをお勧めします。

——今まで気付いていなかったのですが、パソコンを上手く使うことでかなり効率的で費用をかけずに学習ができるということでしょうか?

山本 そのとおりです。勉強は書籍だけではありません。たとえば、美術作品の画像をダウンロードして、壁紙やスクリーン セーバーに設定しておくのもいいですね。仕事の休憩中にぱっと作品画像が目に入り、そこから連想ゲームのように情報を思い出すクセをつけることができます。スキマ時間で勉強を積み重ねて行けます。でも実は、これは勉強ではないのです。これまでダウンロードした画像が2000枚くらいありますが、それらを眺めて、非常に贅沢な時間を過ごしています。
余談ですが、このようなIT技能に語学力が加わると、見える世界がさらに大きく広がります。「美術に言葉は関係ない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、実際には、英語やフランス語は美術鑑賞の世界を桁違いに広げてくれます。Wikipediaの、たとえば西洋絵画の英語版での項目では、日本版と比較して、情報量、出典が豊富で、ひいては信頼性が高く、まったく別物といえます。ボッティチェリの《春(プリマヴェーラ)》の英語版 がその一例です。もっとも日本全般についての項目では、逆に英語での説明が不十分なのですが。

——最後に、アートナビゲーターとして、ITや翻訳技能を活用すればこういうことができるんじゃないか、といったアイデアはありますか?

山本 たとえば、アートナビゲーターや翻訳者が協力して、ウェブ上でだれでも閲覧できる、美術の用語・作品名・作家名の多言語用語集を作るのはどうでしょうか。「いき」、野暮などの言葉を、英語や中国語ですらすら説明するのは、現状では簡単ではありません。海外の方により深く日本の文化や芸術を知ってもらうには、我々自身が日本の文化や芸術と、その背後にある思想を理解し、そのうえで、各国語で説明する必要があります。学芸員や研究者だけでなく、地方自治体の観光資源の多言語紹介にも役立ちます。先ほども申し上げたように、今のWikipediaだけでは、信頼性の問題があります。しかし、Wikipediaと連携して、各国美術の日本語訳や、逆に、日本美術の英語・各国語訳を進めることもできます。このような活動は、情報の裏付けを取ることで、作成者自身の学習にもつながります。美術の魅力を分かりやすい言葉で伝えることは、アートナビゲーターとして重要だと思います。私の場合、Facebook上で、アート ファン交流の場として「アート エクスプローラー『美術館に行こう!』」というページを作っています。今後、このような場で、美術鑑賞や「いき」についての意見交換ができればと考えています。

——用語集ですか。確かにあったら便利ですよね。美術史学習もアートナビゲーターの活躍の場も、ITツールや英語の活用によって広がって行くことが分かりました。

本日は、どうもありがとうございました。



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プロフィール/やまもとゆうじ
秋桜舎代表。実務翻訳者、翻訳技術支援コンサルタントとして、翻訳のほか数多くの講座講師を務め、アルクや『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版刊)他、230件の記事執筆を手がける。近著は『IT時代の実務日本語スタイルブック』(ベレ出版、2012年2月)。
2009年に「美術検定」2級合格、2010年に1級を取得しアートナビゲーターへ。

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