「中之条ビエンナーレ2013」レポート
皆様こんにちは。アートナビゲーターの大森です。
今回は、2013年9月13日~10月14日まで群馬県で開催された「第4回中之条ビエンナーレ」のもようをレポートします。
今回は、2013年9月13日~10月14日まで群馬県で開催された「第4回中之条ビエンナーレ」のもようをレポートします。
開催地の中之条町は群馬県の北西部に位置する、県内4番目の面積をもつ大きな町で、町内には四万温泉や沢渡温泉など、名湯と呼ばれる温泉地が数多く存在します。
中之条ビエンナーレとは、この町の6つのエリアを舞台に「温泉+故郷+アートの祭典」をテーマとして、現代アートを通じて失われつつある山村文化を取り戻すことを目指す、2年に1度のアートの祭典です。2007年から始まり、今年で4回目を迎えました。今回の展示は37か所、参加アーティストは112組にのぼったそうです。各エリアでの展示は、今は使われなくなった建物や場所で作品が展示されていたり、建物自体を作品の一部として再構成したものが目立ちました。
私は9月28日から1泊2日でこの祭典に行って参りました。
1日目は中之条の駅前に車を停めて中之条・伊勢町エリアを回り、その後は宿泊先でもある四万温泉エリアに向かいました。2日目は中之条駅から出発するバスツアーに参加して暮坂エリア、六合(くに)エリアを見て回りました。
私が訪れたどのエリアも作品と作品はそれほど離れておらず、1つのエリア内であれば徒歩で見て回ることができます。広大な土地でポイントを集中させた作品配置には、短時間でも多くの作品に触れられるような主催者側の心配りを感じました。ただ、2日間の総歩数は約3万歩……。気付けば本当によく歩いていました。
*****
[中之条・伊勢町エリア]
中之条町の玄関口です。ロータリーは昨年整備されたということで、広くてきれいでした。このエリアには、旧さとり呉服店をリノベーションした中之条ビエンナーレ総合受付・インフォメーション・実行委員会事務局が置かれている「SATORI」、2010年にオープンした、中之条の地産の食材を生かしたカフェや伝統工芸品も取り扱うショップ、足湯コーナーなどが集まるコミュニケーションセンター「tsumuji」があります。
まずは、このエリアで展示されていた2つの作品を紹介します。
■旧コンビニ
駅近くにある閉鎖したコンビニエンスストアの建物全体が作品となっています。
中央には工作スペースがあり、参加者は自由にフェルトを切り抜いて好きなところに貼り付けられます。私が行ったときには一組の家族とカップルが楽しそうに工作していました。
この『旧コンビニ』を訪れた時に感じたのは、「ここがアート作品として生まれ変わっていなかったなら、どうだろう。」というものでした。このコンビニエンスストアは、中之条駅から走るメインストリートが交差する十字路の角に建っていました。そこが閉鎖されて建物の形だけが残されている姿、それはともすれば寂寞とした印象の風景かもしれません。それをポップに再生させたこの作品に、何もない空間を生まれ変わらせるアートの力強さのようなものを感じました。
■旧廣盛酒造
明治18年創業の酒蔵を2人の現代建築家が再構築した建物です。ここでは11名のアーティストが作品を制作していました。個人的には藤原京子さんの作品が印象的でした。直線的なフォルムに儚さの象徴にも感じられるガラスの破片。蔵の窓から差し込む光が余計に作品の存在を際立たせているように思われたからです。ちなみにこの作品は今回のビエンナーレのプログラムチラシの表紙になっています。

左/上野昌男「記憶の家」
床も壁もガラスも全面フェルトの文字や絵が貼られている
右/藤原京子「ビフレスト─橋─」
タイトルのビフレストとは、北欧神話で展開と地上を結んでいた橋の名前。橋板はガラスで作られており、その上にはガラスの破片が置かれている
※画像は全てクリックで拡大(以下同様)
[四万温泉エリア]
「四万の病に効く」と言われる四万温泉は、1954年に国民保養温泉地として第1号の指定を受けた由緒ある老舗の温泉地です。川沿いに立ち並ぶ昔ながらの温泉地の風情が何とも心を落ち着かせてくれます。ここでは、積善館に展示されていた作品を紹介します。
■積善館
積善館は、建築が群馬県の県指定重要文化財にも指定されている老舗旅館です。ここでは7名の作家が客室や建物を使って展示をしていました。下で紹介している寺村さんが制作した空間は、古風な本館の客室です。蝶が舞い影を作り、和室の六畳間が全くの異空間に変貌していました。
寺村サチコ「蜜の夢」
透明感のある布によるインスタレーション
[暮坂エリア]
沢渡温泉と六合村を結ぶ暮坂峠を通るエリアです。山あいに広がる豊かな自然に思わず深呼吸を何度もしてしまう、そんな素敵な場所でした。
■花楽の里
県道55号(中之条草津線)沿いにある、食事・特産品・創作体験・ギャラリー・観光情報と、暮坂高原の総合ターミナル施設です。ここでは6名の作家が作品を展示していました。暮坂・六合エリアを回るバスツアーでは、ここで昼食を取り、自然豊かで花に囲まれた敷地の屋内外に設置されたをアート作品を見ながら散策する時間が取られています。

服部八美「天と地の間にて我思ふ」
左が遠景全体。右が近景部分。雄大な自然に溶け込むスケールの大きな作品
[六合(くに)エリア]
中之条で最も山あいの地域が六合のエリアです。山肌に沿って形成された、勾配の多い太子・日影・赤岩が作品展示の会場です。とくに赤岩集落は昭和40年代まで養蚕業が盛んで、群馬県初の重要伝統的建造物保存地区に指定されました。
■旧太子(おおし)駅
1945年から1971までの26年間営業していた太子線は、入山地区の鉄山から採取された鋼材を運んでいたのですが、1963年の閉山と共に廃れてゆき71年に廃線となりました。その太子駅の跡地に、記憶の残像のようにも見える白い人形がブランコや鉄棒で遊んでいるかのように作品が展示されていました。これはもう見ていて切なくて、胸がギュッとなる景色でした。ちなみにこの「ゆめくり」シリーズは六合エリアの他の場所でも出会えました。
■かいこの家
昭和初期に建てられた典型的な養蚕農家の建物。今でも人が住み、2階は養蚕の用具や資料が展示されており、その展示に作品が溶け込むように配置されていました。個人的に直感で、今回もっとも「好き!」と感じた作品です。

海津研「ゆめくり」
廃線から40年以上が経過して、かつての駅周囲は草木が生い茂る。その跡地に小さな白い人形が埋め込まれたり、ブランコや鉄棒に乗って遊んでいる
大石麻央「つなぐ手を 合わせても」
不思議にチャーミングな動物のような妖精のようなぬいぐるみ達が繭を集め、かつて使われていた道具で糸を紡ぐ。養蚕のプロセスが分かるインスタレーション
*****
今回、どこの会場でもボランティアの皆様の素敵な笑顔に出会いました。たくさんの方々に中之条の良さを伝えたい、この地で開催されるビエンナーレの素晴らしさを伝えたい、大勢の方に来てほしいという熱意を感じて心が温かくなりました。皆様が次回行かれる際は、ぜひ地元のボランティアの方々と積極的にお話しされることをお勧めします。自分で見て解説を読むだけでは決してわからない発見があると思います。
有名作家の展覧会や大規模なアートイベントでは感じられないものがきっと皆様の心にも訪れると思います。
プロフィール/大森香苗(おおもりかなえ)
時々美術館で鑑賞するだけの社会人が美術検定に出会い、「とりあえず受けてみよう」と思ったのが2007年。そこから不合格と合格の果て2010年に1級取得。調子に乗って昨年は大学の通信課程で学芸員資格を取得。素人ゆえに、小難しい言葉を使わずにアートを語るトーク技術だけは発達しました。
現代アートがわからない、どう鑑賞すればいいのかわからないという方に必ず伝える言葉があります。「見たり体感したりする時に、心の中に波風が立ちませんか。それをまず楽しんでみてください。言葉が出てくるのはしばらく経ってからですよ」。私自身はそうやってアートを楽しんでいます。
中之条ビエンナーレとは、この町の6つのエリアを舞台に「温泉+故郷+アートの祭典」をテーマとして、現代アートを通じて失われつつある山村文化を取り戻すことを目指す、2年に1度のアートの祭典です。2007年から始まり、今年で4回目を迎えました。今回の展示は37か所、参加アーティストは112組にのぼったそうです。各エリアでの展示は、今は使われなくなった建物や場所で作品が展示されていたり、建物自体を作品の一部として再構成したものが目立ちました。
私は9月28日から1泊2日でこの祭典に行って参りました。
1日目は中之条の駅前に車を停めて中之条・伊勢町エリアを回り、その後は宿泊先でもある四万温泉エリアに向かいました。2日目は中之条駅から出発するバスツアーに参加して暮坂エリア、六合(くに)エリアを見て回りました。
私が訪れたどのエリアも作品と作品はそれほど離れておらず、1つのエリア内であれば徒歩で見て回ることができます。広大な土地でポイントを集中させた作品配置には、短時間でも多くの作品に触れられるような主催者側の心配りを感じました。ただ、2日間の総歩数は約3万歩……。気付けば本当によく歩いていました。
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[中之条・伊勢町エリア]
中之条町の玄関口です。ロータリーは昨年整備されたということで、広くてきれいでした。このエリアには、旧さとり呉服店をリノベーションした中之条ビエンナーレ総合受付・インフォメーション・実行委員会事務局が置かれている「SATORI」、2010年にオープンした、中之条の地産の食材を生かしたカフェや伝統工芸品も取り扱うショップ、足湯コーナーなどが集まるコミュニケーションセンター「tsumuji」があります。
まずは、このエリアで展示されていた2つの作品を紹介します。
■旧コンビニ
駅近くにある閉鎖したコンビニエンスストアの建物全体が作品となっています。
中央には工作スペースがあり、参加者は自由にフェルトを切り抜いて好きなところに貼り付けられます。私が行ったときには一組の家族とカップルが楽しそうに工作していました。
この『旧コンビニ』を訪れた時に感じたのは、「ここがアート作品として生まれ変わっていなかったなら、どうだろう。」というものでした。このコンビニエンスストアは、中之条駅から走るメインストリートが交差する十字路の角に建っていました。そこが閉鎖されて建物の形だけが残されている姿、それはともすれば寂寞とした印象の風景かもしれません。それをポップに再生させたこの作品に、何もない空間を生まれ変わらせるアートの力強さのようなものを感じました。
■旧廣盛酒造
明治18年創業の酒蔵を2人の現代建築家が再構築した建物です。ここでは11名のアーティストが作品を制作していました。個人的には藤原京子さんの作品が印象的でした。直線的なフォルムに儚さの象徴にも感じられるガラスの破片。蔵の窓から差し込む光が余計に作品の存在を際立たせているように思われたからです。ちなみにこの作品は今回のビエンナーレのプログラムチラシの表紙になっています。


左/上野昌男「記憶の家」
床も壁もガラスも全面フェルトの文字や絵が貼られている
右/藤原京子「ビフレスト─橋─」
タイトルのビフレストとは、北欧神話で展開と地上を結んでいた橋の名前。橋板はガラスで作られており、その上にはガラスの破片が置かれている
※画像は全てクリックで拡大(以下同様)
[四万温泉エリア]
「四万の病に効く」と言われる四万温泉は、1954年に国民保養温泉地として第1号の指定を受けた由緒ある老舗の温泉地です。川沿いに立ち並ぶ昔ながらの温泉地の風情が何とも心を落ち着かせてくれます。ここでは、積善館に展示されていた作品を紹介します。

積善館は、建築が群馬県の県指定重要文化財にも指定されている老舗旅館です。ここでは7名の作家が客室や建物を使って展示をしていました。下で紹介している寺村さんが制作した空間は、古風な本館の客室です。蝶が舞い影を作り、和室の六畳間が全くの異空間に変貌していました。
寺村サチコ「蜜の夢」
透明感のある布によるインスタレーション
[暮坂エリア]
沢渡温泉と六合村を結ぶ暮坂峠を通るエリアです。山あいに広がる豊かな自然に思わず深呼吸を何度もしてしまう、そんな素敵な場所でした。
■花楽の里
県道55号(中之条草津線)沿いにある、食事・特産品・創作体験・ギャラリー・観光情報と、暮坂高原の総合ターミナル施設です。ここでは6名の作家が作品を展示していました。暮坂・六合エリアを回るバスツアーでは、ここで昼食を取り、自然豊かで花に囲まれた敷地の屋内外に設置されたをアート作品を見ながら散策する時間が取られています。


服部八美「天と地の間にて我思ふ」
左が遠景全体。右が近景部分。雄大な自然に溶け込むスケールの大きな作品
[六合(くに)エリア]
中之条で最も山あいの地域が六合のエリアです。山肌に沿って形成された、勾配の多い太子・日影・赤岩が作品展示の会場です。とくに赤岩集落は昭和40年代まで養蚕業が盛んで、群馬県初の重要伝統的建造物保存地区に指定されました。
■旧太子(おおし)駅
1945年から1971までの26年間営業していた太子線は、入山地区の鉄山から採取された鋼材を運んでいたのですが、1963年の閉山と共に廃れてゆき71年に廃線となりました。その太子駅の跡地に、記憶の残像のようにも見える白い人形がブランコや鉄棒で遊んでいるかのように作品が展示されていました。これはもう見ていて切なくて、胸がギュッとなる景色でした。ちなみにこの「ゆめくり」シリーズは六合エリアの他の場所でも出会えました。
■かいこの家
昭和初期に建てられた典型的な養蚕農家の建物。今でも人が住み、2階は養蚕の用具や資料が展示されており、その展示に作品が溶け込むように配置されていました。個人的に直感で、今回もっとも「好き!」と感じた作品です。


海津研「ゆめくり」
廃線から40年以上が経過して、かつての駅周囲は草木が生い茂る。その跡地に小さな白い人形が埋め込まれたり、ブランコや鉄棒に乗って遊んでいる

不思議にチャーミングな動物のような妖精のようなぬいぐるみ達が繭を集め、かつて使われていた道具で糸を紡ぐ。養蚕のプロセスが分かるインスタレーション
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今回、どこの会場でもボランティアの皆様の素敵な笑顔に出会いました。たくさんの方々に中之条の良さを伝えたい、この地で開催されるビエンナーレの素晴らしさを伝えたい、大勢の方に来てほしいという熱意を感じて心が温かくなりました。皆様が次回行かれる際は、ぜひ地元のボランティアの方々と積極的にお話しされることをお勧めします。自分で見て解説を読むだけでは決してわからない発見があると思います。
有名作家の展覧会や大規模なアートイベントでは感じられないものがきっと皆様の心にも訪れると思います。

時々美術館で鑑賞するだけの社会人が美術検定に出会い、「とりあえず受けてみよう」と思ったのが2007年。そこから不合格と合格の果て2010年に1級取得。調子に乗って昨年は大学の通信課程で学芸員資格を取得。素人ゆえに、小難しい言葉を使わずにアートを語るトーク技術だけは発達しました。
現代アートがわからない、どう鑑賞すればいいのかわからないという方に必ず伝える言葉があります。「見たり体感したりする時に、心の中に波風が立ちませんか。それをまず楽しんでみてください。言葉が出てくるのはしばらく経ってからですよ」。私自身はそうやってアートを楽しんでいます。