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美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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「コレクションと鑑賞教育」シンポジウムレポート

こんにちは、「美術検定」実行委員会事務局です。
今回は、2015年1月10日(土)に開催された、「コレクションと教育鑑賞 美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育の展開」シンポジウムのレポートをお送りします。


1月初旬の気持ちのよい冬晴れの午後、国立西洋美術館でシンポジウム「コレクションと鑑賞教育 美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育の展開」が開催された。これは、東京国立近代美術館、同館工芸館、国立西洋美術館、東京国立博物館の4館が、それぞれの所蔵作品を利用して、主に小中学校の学習指導要領と連動した鑑賞プログラムを開発するための協働研究事業であり、今回のシンポジウムはその研究成果の発表が主となったものである。

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研究メンバーのひとり、開会の挨拶をする寺島洋子さん(国立西洋美術館)。
壇上は、左から研究報告者の一條彰子さん(東京国立近代美術館)、奥村高明教授(聖徳大学)

ⓒ JSPS KAKEN 24300315



1 美術館のコレクションを活かした
  鑑賞教育の新しい形


まずは、海外事例としてアメリカ・ニューヨークとワシントンDC、オーストラリア・メルボルンおよびシドニーの主要な美術館で展開されている鑑賞プログラムの現地調査が報告された。

■米国美術館の鑑賞プログラム
アメリカの美術館における、学校団体を対象にしたギャラリートークでは、美術館側と鑑賞者の対話による双方向的な内容が主流となっている。そこでは共通の認識として、鑑賞者主体の学び、モノ(実物資料)による学び、探求型の学び、批評的思考の技能、教科教育との学際的なつながり、以上5つの点が鑑賞教育の概念として強く意識されているという。そしてこの共通認識のもと、各美術館はそれぞれの所蔵作品を活用して、鑑賞プログラムが開発されていた。

各美術館での鑑賞プログラムは、日本でいうところの学習指導要領=スタンダードを参考に「テーマ」が定められ、学年や教科ごとに対応できるよう制作されている。アメリカでは、日本と違って市や州、行政単位ごとにスタンダードが違うため、美術館の鑑賞プログラムもそれぞれの地域のスタンダードに準拠して構成されている。

対話による双方向的なギャラリートークというと、ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー(VTS)という、最後まで作品情報を提供せず視覚からの情報から得る思考に重きをおく鑑賞方法が、日本でも多くの美術館で参考にされている。もともとVTSはアメリカの美術館で開発された鑑賞方法の一つであるが、実際の現場ではVTSは鑑賞法の一つと認識されているにすぎず、今ではギャラリートークの際に適したタイミングで作品情報が提供されている、ということが今回の調査で確認された。

ギャラリートークは、主に契約エデュケーターやドーセント(研修を受けたボランティアスタッフ)がその役割を担っており、複数回のプログラムなど特別な鑑賞プログラムの際は美術館スタッフが行なう。ドーセントの活用が、特にニューヨークのメトロポリタン美術館やワシントンDCのナショナル・ギャラリーのような、大型美術館における数多くの学校団体の受け入れを可能にしているようだ。

こうした鑑賞プログラムは、各美術館のウェブサイトでも積極的に紹介されている。また教育事業のリソースは、ウェブサイト上で所蔵作品解説や図版、研究論文等にリンクされており、美術館の方針が明文化され強いメッセージ性を含んでいることも特徴になっていた。

■豪州美術館の鑑賞プログラム
一方、オーストラリアの美術館の鑑賞プログラムはどうかというと、メルボルン、シドニーの美術館において、鑑賞教育に関する共通理解や学校との連携の仕組み自体は、アメリカとほぼ同様だという。ただし、オーストラリアでは、先住民文化、アジア文化への理解やサスティナビリティといった、オーストラリア特有のテーマが鑑賞プログラムで優先され、領域横断的な内容のプログラムが多い。また、大学受験を希望している高校生への美術の授業を美術館がサポートする、といったプログラムも、アメリカでは見られなかった特徴だ。また、ウェブサイトもアメリカと同様積極的に活用しており、国土の広さもあってかウェブサイト上でのオンライン教育プログラムも充実している。

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研究グループ代表の一條彰子さん(東京国立近代美術館)
ⓒ JSPS KAKEN 24300315



■研究成果「鑑賞教育map」
web今回の調査研究の成果の一つとして、4館の所蔵作品を利用した鑑賞プログラムのウェブサイト「鑑賞教育キーワードmap」がパイロットプログラムとして開発されている。このウェブサイトでは、学年・発達段階別に鑑賞プログラムが構成され、キーワードごとに作品を分類し、アートカードを並べてまとめるように作品がマッピング化されている。

「鑑賞教育キーワードmap」トップページ
(クリックで拡大)

ⓒ JSPS KAKEN 24300315


また、提供されている49作品の画像は、全て高細密なもので、細部の拡大もできる。そのため、学校の電子黒板などを使ってそのまま鑑賞授業に活用できるよう配慮がされている。

学習指導要領解説や言語活動資料を参考にしているという点で、学校側からも利用できるように工夫が施されているだけでなく、実際美術館で行なわれる鑑賞プログラムに対応可能な内容にもなっており、美術館側からも利用できるようになっている。

現在の学校では、美術鑑賞時自体は美術作品を知り学ぶこと以上に、美術作品を通しコミュニケーションを行い、自分または他者を知る時代になっており、この「鑑賞教育キーワード」もこうした視点を重視してプログラムが作られているという。本ウェブサイトは、今回の調査研究として制作されたものであり、本年度でその調査研究の助成も終了するそうだが、今後3年間の運用が予定されている。


2 米国の美術館の現場から
  〜鑑賞教育の今日的展開〜


次は、現在、グッゲンハイム美術館で教育部ディレクターを務めるシャロン・バツスキーさんによる講演である。同館の教育普及は、ギャラリー・ツアーやレクチャーをはじめとしたパブリック・プログラムのほか、学校・教員・家族向けのプログラムまで多彩に用意されている。
今回の講演では、美術館教育の流れの振り返りから始まり、展覧会ごとに企画された教育プログラムの事例、同館が長年継続している公立学校との連携プログラム「LTA=Learning Through Art」の内容と成果について主に語られた。

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シャロン・バツスキーさん。グッゲンハイム美術館では、特に学校・教員・家族向けのプログラム統括、ニューヨーク館とビルバオ館の学校・教員向けの教材作成や統括を兼任している。同時にNY市の大学・大学院にて教鞭も執る、2008年度、「芸術教育への重要な貢献者」に授与されるチャールズ・マーシャル・ロバートソン賞受賞。
ⓒ JSPS KAKEN 24300315




■同館教育普及プログラムの考え方
14年前に同館の教育部ディレクターへ就任したシャロンさんは、「人はどのようにして学習に関わっていけるか」「学校に向けたギャラリーのプログラムが他のプログラムにどう影響を及ぼしていけるか」ということを念頭にプログラム開発に取り組んでいるそうだ。重要なのは、「そこで何が起きているのか?」ということを分析し、学習者中心のプログラムを組み立てていくことだという。そのため、Inquiry-based discussion(探究型の議論)やOpen-ended question(結論が1つではない開かれた質問)をプログラムに採り入れるが、それを実践するエデュケーターは「何かしらの答えを想定している質問や議論は、オープンエンドではない。児童や生徒たちからの反応を同じように受け取るトレーニングが必要」とも語った。また、1つのプログラムでも全ての子供が同じ活動に参加したいと考えたり、参加できるわけではなく、それぞれに合う何かしらの活動――例えば、絵を描く、字を書く、体を動かすなど――を通じて1つのプログラムへ全員に参加してもらうことを前提に、さまざまな活動の組み合わせを考えるという。



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同館で行われた、マンハッタンにある4美術館合同の教員研修「コネクティング・コレクションズ」の風景5
ⓒ JSPS KAKEN 2430031


■展覧会ベースのプログラム
シャロンさんが紹介した事例から2つを採り上げる。
2013年から2014年にかけて開催された個展「クリスチャン・ウール」では、作家が気に入っていた言葉をヒントにした「You Make Me」という活動が行われた。これは子供たちが作品を注意深くみるきっかけをつくろうとしたもので、子供たちが気になる作品について「You Make Me◯◯(あなたは私を◯◯にさせる)」と紙に書いていくものだ。絵画面に広がる色彩や形、リズムから子供たちが感じたことを言葉にしていくものである。

日本でも話題になった「GUTAI」展では、具体のメンバー松谷武判と堀尾貞治の提案で、家族向けのプログラムが行われている。参加者が思い思いに着色した小石を紙の箱に入れてシェイクし、その箱を展開すると石の軌跡がさまざまな色や形で偶然にできあがっている、という内容だ。大人でも子供でも制作プロセスを通じて具体の作品制作を追体験することができる、そこから作品鑑賞の架け橋となるように考えられたものであった。

■Leaning Through Art
同館の学校連携プログラムの中でも、芸術文化統合型の特徴を持つプログラムである。アーティストが先生として20週にわたり、学校や美術館で子供たちとともに創作活動をしていくものだが、活動には作品鑑賞・ディスカッション・批評・実制作といったさまざまな内容が緻密に織り込まれている。ここでは、アートを通した読み書き能力の向上、問題解決能力の向上、創造性の促進の3分野についてのリサーチも行われており、テーマに則した授業計画にもとづいて実践されている。例えば、読み書き能力の向上に関しては「仮説を立てる」「根拠の提示」「テーマの組み立て」「多様な解釈」を重視した授業設計がされている。実際にプログラムを受けた子供たちは、アーティストの制作プロセスを学びながら自分の創作活動に結びつけるプロセスを通じ、国語力や論理的思考力、問題解決能力を向上させたと報告されている。詳しくは同館サイト上に報告書も挙げられている。また、このプログラムの成果については、『ニューヨーク・タイムス』紙にも採り上げられ、また、公的予算が投入され続けていることからもわかる。
・『ニューヨーク・タイムス』紙の記事はこちら
・グッゲンハイム美術館サイト LTAプログラム報告書へのリンクはこちら

年に1度、このプログラムを受けた子供たちの作品展が、グッゲンハイム美術館で開催されている。そこで子供たちはギャラリー・ガイドを務め、来館者に作品解説などをしているという。

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講演中のシャロンさん
ⓒ JSPS KAKEN 24300315


■今後の展望
同館では、誰が参加しても興味を持てるという方向性でギャラリー・アクティビティを開発しているという。今後は、世代横断的なプログラムや同館に経済的な理由から来館するチャンスがない家族に向けたプログラムの開発に力を入れていきたいと考えているそうだ。

シャロンさんの話の中で印象的だったのは、「広告は誰もが1つのメッセージを受け取ることを期待されているけれど、アートが発するメッセージは受け取る人によって違う。その考えをベースにプログラムに取り組む」という件だった。アートは作品をみた人が、自分を作品に落としこむプロセスが重要である。と。さまざまな要素や文脈を内包した美術作品をバックグラウンドの異なる人々がそれぞれ受け止め、考え、言葉や表現、生活につなげていくものであり、そこから学びをひらくきっかけになる。そのことを再認識させられる一節だった。


3 シンポジウム コレクションを生かした鑑賞教育とは
 〜国内外の美術館の実践から〜

東京国立近代美術館の一條さん、同館工芸館の今井陽子さん、東京国立博物館の藤田千織さん、国立教育政策研究所の岡田京子さん、シャロンさんがパネリストとして登壇、帝京科学大学教授の上野行一さんがオブザーバー、国立西洋美術館の寺島さんを司会として、シンポジウムが進められた。

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パネリストのみなさん
ⓒ JSPS KAKEN 24300315


シンポジウムは、パネリストが所属する各館の教育普及プログラムの実践紹介とシャロンさんへの質問からスタートした。その後、パネリストに司会者から「鑑賞行為は子供たちにとってどんな意味があるのか」という質問が投げかけられた。これに対してシャロンさんが非常に印象的な考えを述べている。「鑑賞は民主主義である。自分の考えを示す、言葉にする、行動する、これが民主主義であり、小さいころからその活動に参加することで、民主主義の精神が培われる」。このあと、「自分の意見を構築できるアートとの交流体験は重要だが、それについて各館ではどう考えているか」「美術館と学校が連携することは、全ての子供たちが『自分からアプローチしないと変化しないもの』に出会うきっかけとなる。それを実践するために、美術館は学校のカリキュラムにどのように関わっていけるのか」といった事項について、それぞれの立場から意見の交換がなされた。しかし、残念ながら時間切れとなり、深い討論には至らなかった。司会者の寺島さんは、「美術館が子供たちにとって、家庭、学校に次ぐ3番目の場所となれるような学校との連携に努めていきたい」と述べ、シンポジウムを締めくくった。

討論部分を充実させてほしかったシンポジウムだったが、美術が人に対してどう働くかということへの再考を促し、国立美術館・博物館の子供たちに対する真摯な取り組みが伝わってくる機会となった。

(取材・文/高橋紀子=「美術検定」実行委員会事務局、染谷ヒロコ=本ブログ編集)

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