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宇都宮美術館館外プロジェクト「おじさんの顏が空に浮かぶ日」レポート

こんにちは。宇都宮在住のアートナビゲーターの渕野結美子です。2014年の年末、ネットやメディアで大きな話題をさらった宇都宮美術館館外プロジェクト「おじさんの顏が空に浮かぶ日」。私はこのプロジェクトに1年3か月の間、顔あげ隊メンバーとして関わらせて頂きました。今回は顔あげ隊からの目線で、このプロジェクトをレポートしたいと思います。


【顏あげ隊】
宇都宮美術館館外プロジェクト「おじさんの顔が空に浮かぶ日」が立ちあがったのが、2013年9月のこと。仕掛け人は新進の現代芸術活動チーム「目」の3人です。この前代未聞の企画に、好奇心旺盛な市民が活動拠点となる顔収集センターに集まり、モデルとなるおじさんの顏を集めるべく顔収集隊の活動はスタートします。

顏収集センター 
プロジェクトの活動拠点となった、顔収集センター

街に繰り出し、集めたおじさんの顏は218名。そして、11月に開催された5時間に及ぶ顏会議によって、その中からはれて「時に抗わず、個性を主張しない、ほったらかされたような『おじさん』の顏」が選ばれました。やがてこの収集隊はそのまま、浮上を目指す顔あげ隊へと移行します。顔あげ隊は10代から60代までの異世代メンバーで構成され、毎回参加するメンバーの顔触れも流動的に変化しながら、浮上Xデーに向かってミーティングが重ねられました。

ミーティング

今回のプロジェクトの特徴としては、「目」が強いリーダーシップを発揮して、自ら描いた全体像の中に顏あげ隊を都合よく落とし込んでいくというような、ある意味お互いに楽な方法はとられなかったことにあります。フラットな関係性の中で進められたミーティングは、机上に載せられるあらゆる提案も、安易にひとつの結論に落ち着くことのない、果てない議論の繰り返しでした。顔あげ隊の存在を尊重し、メンバーに主体的に作品に関わってほしいという「目」の強い意思は終始一貫していて、『おじさん浮上』に向かう航路を探る羅針盤は、「目」と顔あげ隊のまん中に置かれることになります。議論の海は時に荒れ、時に凪ぎ、あるものは議論の揺り戻しに酔って降りていく…。その一方で、残ったメンバーは提案した企画の実現に向かって、潜在能力を大いに発揮し、回りのメンバーを巻き込んでいく…。思えば、手探りに時を刻んだあの堂々巡りの時間も、プロジェクトへの想いを個々に深めるために必要な時間だったのかもしれません。また、顔あげ隊の「バラバラだけどなんかまとまっている」個性、「統一なき調和」もこの時間に熟成したのではと思います。

 このプロジェクトに関わり始めた当初、「目」の荒神さんが14歳の時に見た、「おじさん」が唐突に空に現れる夢を顕在化させるというコンセプトも「夢の中に出現したというおじさんのコアな世界観を、果してみんなで共有できるのだろうか。」という不安が私の中にありました。けれども、混沌としたミーティングの際に荒神さんが言った「アートが伝わらないわけがない。」という短い言葉が持つ強い力に惹かれ、その後私は、1年3か月の間「おじさん」と濃密な時間を持つことになります。

【ワークショップ&制作】
ワークショップも「目」とメンバー双方が提案することで、多彩なメニューで行われました。空想浮上絵日記、顏収集WS、視点WS、ドキュメント展、ジオラマ模型制作、顏会議、イベント会場やメディアを使った広報活動、缶バッチ制作WS、顏電球と蝶ネクタイ作成WS、顔カフェの設置。そして、1日だけでしたが、作品制作に参加できたことは大変意義深いものでした。「おじさん」の顏は、大きさの違う18種類の判を使った67万粒のドットで制作されています。溶剤入りインクを使用するため、冬でも屋外に近い環境で、工業用マスクを装着し、ひたすら跪いて打ち続けるという、修行僧のような作業です。リアルで立体的な作品を追及するため、パーツは細かく分断されており、そこに手作業でひたすら緻密にドットを打ち込んでいく無限に思える時間。そういった時間の層と制作に携わった方々の熱い想いが作品に重なることで、浮上の際の「おじさん」の顏のアートとしてのクオリティの高さに繋がっていたのだと思います。

制作風景(ドット打ち)
「おじさん」の顔を形成するドットを打ち込む制作はすべて手作業で行われた。

【おじさん、Take Off】
2014年12月13日、快晴。このプロジェクトに関わったあらゆる人々が、木々の葉擦れの音にすら、耳を研ぎ澄ます…そんな朝でした。現地に行くと、「おじさん」は、顏をわずかに膨らませただけで、地面に貼りついたまま、雲の動きを虚ろに見つめています。そして、午後1時半。皆の祈りも空しく、普段なら心地よいとさえ思える風に遮られ、道場宿会場初日は浮上断念の決定が下されます。「風神様、どうか明日は風を鎮めてください。」できることといえば、ただ明日の空に祈ることだけでした。
そしてあくる日…大勢の祈りの力を浮力に変えて、師走の宇都宮の空に、「おじさん」はぽっかりと浮かびました。気ままに顔の向きを変えながら、「おじさん」は藍天、黄金から茜、やがて漆黒に染まる空を従えてゆらゆらとたゆたっていきます。平穏な日常を穿つその圧倒的存在は、ユーモラスでいてどこか切なくて、神々しくもあり、禍々しくもあり。底抜けの明るさと得体のしれない畏怖。鑑賞者の内で呼び覚まされたあらゆる矛盾した感情を一身に受け止め、「おじさん」は2日間、宇都宮の空気を震わせ続けました。 

浮上直後の光景s 鬼怒川とおじさんs
「おじさん」の顔が空に浮かんだ瞬間、現場では歓声が上がり多くの人がその光景を写真に納めていた。

浮上した瞬間、その場を駆け巡った興奮と華やぎ、そして、それを大勢の方々と共有することは本当に心地よく、また、おじさんご本人が浮上現場に登場することで、その祝祭の空間により一層のグルーブ感が紡がれていったように思います。その後、 顏あげ隊は顏カフェ、視点ポイント、浮上現場、警備へと散らばりながら、それぞれの時を過ごしました。孫の手を引きながら「冥土の土産に観にきたよ」と話す満面笑顔の老人。月のように光るおじさんの「揺らぎ」に突然涙をこぼす女性。「すごいよ、この非日常!こんな空間、また作ってよ」と興奮気味のご夫婦連れ。異空間の「おじさん」が導火線となって、他の人が触れることのできない心の領域で、鑑賞者一人一人に何かが起こっていました。「アートが伝わらないわけがない。」荒神さんのこの言葉を証明するかのような出来事でした。また、ネット上では、街が無限のキャンバスに、おじさんの顔が素材となって、あらゆる視点からの「私アート」が昼夜を問わず増殖し続けていました。浮上は束の間の現象にすぎませんが、人々の脳裏に埋め込まれた記憶と仮想空間の中で、「おじさん」は永遠の命を吹き込まれ、それぞれの記憶の古層に眠り続けていくのでしょう。

夕闇に輝くおじさん 闇夜のおじさんs
日が暮れ空が闇に包まれるまで、「おじさん」は宇都宮の空を浮遊した。

【報告会、そして・・・】
2015年2月8日、このプロジェクトの報告会が、宇都宮美術館講義室で開催されました。冒頭、谷館長は天候に左右されるリスキーなプロジェクトであった故の長としての覚悟のこと、同時に先鋭的なアートに対する館や自治体の包容力やその関係性から生まれる新しい展開等について言及されました。また、美術館の代表作品ルネ・マグリットの「大家族」を彷彿とさせるシュールな光景が、「写真」というメディアの中で展開していったことや、闇夜に溶けるように同化した「おじさん」の荘厳さについて話された時は、会場にいた多くの方が、あの日の「おじさん」の残像に心を寄せていったのではないでしょうか。
その後、「おじさんの顔百景」に寄せられた1000枚以上の写真の中から「館長賞」「顔あげ隊賞」「アーティスト賞」が発表されたのですが、顔あげ隊「統一なき調和」が4時間かけて選び出した渾身の6枚のうちの1枚が、館長賞とのW受賞となったことが発表されると、会場では小さなどよめきが起こりました。夕暮れ、住宅街を自転車で疾走する少女の頭上にぽっかり浮かぶ「おじさん」の顔。ありふれた日常の中にさりげなく滑り込んだ非日常は、決して特殊な空間でなく、共存のリアリティが日常の歪み、いえ、私にはむしろ開かれた日常の懐の深ささえ感じずにおれない…そんな1枚でした。
1枚1枚の写真を見つめていると、ふとあの日の「おじさん」の残像がリアルに蘇ってきます。荒神さんの遠い夢の記憶。20年後それが作品となって立ち上がり、その残像が観た人々の記憶の種として埋め込まれた2日間。その種がいつかどこかで青い芽を吹き、誰かの中で変異した新しいアート作品となって時を超えて連鎖していけばいいのに。その時、顔に時の年輪を刻み込んだ「目」と顔あげ隊のメンバーが私の隣で笑っていたらいいな。
今、「目」が残していった「おじさん」の埋火は、「顔あげ隊」の中で、何かに出会うべく、新しい胎動を生み始めています。あの「おじさん」同様、ゆるりゆるりと…。

※宇都宮美術館で、2015年4月下旬から「おじさんの顔百景」に応募された写真を一堂に展示予定です。どうぞ、お楽しみに。
「おじさんの顔が空に浮かぶ日」 公式HP http://www.oji-sora.jp/
「おじさんの顔が空に浮かぶ日」 Facebook https://ja-jp.facebook.com/ojisan.umoa
「おじさんの顔が空に浮かぶ日」 ツイッター https://twitter.com/ojisanumoa
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プロフィール
2007年「美術検定」2級、2008年1級を取得。宇都宮美術館開館の翌年、1999年より同館にて作品解説ボランティアとして活動開始、現在に至る。2014年は「オルセー美術館展 キャノン・ミュージアム・キャンパス」のガイドとして参加。
美術検定の学習方法:遊びの視点を持ちながら、様々な展覧会や作品そのものを楽しむことが一番だと思います。個々の作品に対する想いは言葉にして人に伝えたり、文章におこしたりすることで客観的に整理され、より深めていくことができるのでお勧めです。記述問題のトレーニングにもなるかも…。新聞の美術・芸術欄や「美術手帖」等も新情報が満載なので、こまめなチェックを!

| アートナビゲーター活動記 | 12:06 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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