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国際シンポジウム「アーティストの関わりは私たちに何をもたらすのか ――“経験する”現場からの検証」

「美術検定」実行委員会事務局です。ゴールデンウィークもスタートですね。
さて、今回は、2015年3月15日(日)に国立新美術館で開催されたシンポジウム、「アーティストとの関わりは私たちに何をもたらすのか」を2回に分けてレポートいたします。こちらはその1回目です。


本シンポジウムは、国内外のさまざまな場所で、アーティストと共同で行われている教育プログラムの意義、社会に及ぼす影響としての検証の場として開催された。プログラムは4つの事例発表と、その内容を受けたパネルディスカッションで構成されていた。


事例発表①
「国立新美術館のアーティスト・ワークショップ」


まずは、今回の会場となった国立新美術館で行われているワークショップの報告から始まった。国立新美術館では、2007年の開館当初から現在まで、50回以上のワークショップが開催され、参加者数は延べ3000名以上だという。所蔵作品を持たない新美術館では、企画展と連動した多岐に渡るジャンルからアプローチした、幅広い層を対象とした内容が特徴となっている。これまでワークショップに参加した作家は、展覧会に出品した現代美術作家をはじめ、洋画家・日本画家、デザイナー、アートディレクター、ダンサー、学者・研究員など、その肩書きを聞くだけでもさまざまな分野にわたっていることが分かる。
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国立新美術館の発表は、学芸課
教育普及室アソシエイト
フェローの吉澤菜摘さん
(写真はクリックで拡大)

国立新美術館では、美術を介入して人々がさまざまな価値観に触れる場である美術館として、ワークショップの開催目的を、「参加し、体験し、発見すること、そして新たな視点でアートに触れること」としている。実際、参加者とアーティストのワークショップを介しての双方向の活動は、それぞれに新しい視点や思考に触れる機会をもたらし、内的変化が表れているという。参加者にとっては、ワークショップによって美術との接し方や鑑賞が変わり、生き方の可能性を広げる経験として積み重ねられているようだ。またアーティストにとっては、表現者・発信者・生産者と、鑑賞者・受信者・消費者の双方向の関わり・転換を経験となり、自身の制作活動を振り返ることができるだけでなく、次の制作への意欲が刺激されるという。そして、美術館スタッフにとっても、ワークショップが人間とアートに対する期待・確信を抱く機会となっているそうだ。

今後の課題点として、ワークショップ自体への継続的・長期的な取り組みだけでなく、開催後の評価や検証が充分にできていない点が挙げられた。そうした反省点をもとに、アーティストと関わる教育活動の現場から何ができるのか、何を発信していけばよいのか、それを問う形で、アメリカ・ニューヨークにあるホイットニー美術館の事例発表が始まった。


事例発表②
「アーティストとはじめる
―ホイットニー美術館での中高生プログラム」


それまでニューヨーク市マンハッタンのアッパー・イーストエリア(マンハッタンの北東部)にあったが、展示面積拡張のため、場所をダウンタウン(南西部)に移し新築の建物で2015年5月に再オープンするホイットニー美術館。アメリカの近現代美術を中心とした約2万1000点のコレクションと、最新の現代アートを2年ごとに紹介する「ホイットニー・ビエンナーレ」でも世界的に知られる美術館だ。今回はホイットニーで学校・青少年・家族向けプログラム ディレクターを務めるヘザー・マクソンさんが、中学生・高校生を対象としたプログラムを中心に、アーティストとの関わりを介した活動の報告を行なった。

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プログラムの説明をするヘザー・マクソンさん
ホイットニー美術館 学校・青少年・家族向けプログラム
ディレクター。同館での小学校から高校までの学校・教師
向け、青少年向けのプログラムを統括している
(写真はクリックで拡大)


アーティストが作品を発表する場として設立され、アーティストのための美術館としてのミッションを持つホイットニー美術館は、なぜ中高生を対象にしたプログラムを展開しているのか。それにはニューヨークが抱える美術の教育事情が関わっている。日本では授業数が減っているとはいえ、図工や美術は、小中学校の間は必ずカリキュラムに入っている。ニューヨークでは、公立学校の美術の授業は予算が削減され、美術の授業がないところもあるという。そのため、美術が内包する創造性や批判性、ほかの学生との交流で学ぶ協働性を養う機会を学校が提供できていない現状があるそうだ。同館のプログラムは、いわばコミュニティに要請に応えるかたちで、インスピレーションを与える中高生プログラムを無料(一部有料プログラムもあり)で提供しているそうだ。

中高生プログラムは「Youth Insights」と名付けられ、美術館という安全な空間の中で、参加者同士がお互いを知ることができるように配慮されている。このプログラムには、アーティストやアートの専門家と共に一定期間活動するもの、アートを学ぶことでリーダーシップやプレゼンテーション能力を育成するものなどがあり、プログラムごとに15~18名ほどが参加している。ホイットニーは、ニューヨークのあらゆる地域の学生や先生にSNS等も積極的に利用して当プログラムを広報し、結果、毎回さまざまな人種さまざまな文化の学生たちが参加しているそうだ。まさに、美術館がコミュニティの活性の場として、市民の多文化理解に一役買っていることが伺える。

またホイットニーでは、ヒューストン現代美術館ウォーカー美術館ロサンゼルス現代美術館といったアメリカの3都市の現代美術館と連携し、現代美術館での中高生プログラムにおける学生への影響を調査検証している。調査には、プログラムに参加した学生に、卒業後アンケートやインタビューなどを実施し、写真と共にプログラムの影響を語ってもらったり、人生の中でプログラムがどのように位置づけられているかといった人生マップを作成してもらっている。

ちなみに、アンケートやインタビュー回答者のうち、40%の学生が中高生プログラムに参加したことはとてもよい経験だったと答え、55%の学生が人生経験の中で最も重要な経験の1つと語っているという。95%の学生がこのプログラムを高く評価しているのである。プログラムで学んだ経験は、これからの人生の選択肢や可能性が広がっただけでなく、他の職種でも使えるようなスキルを培えたという意見もあったそうだ。例えば、本プログラムを受講した高校生は、その後美術にかかわる法律を専門とした弁護士という、法律面からのアートと社会のつなぎ手として活躍しているという。そして、大人になっても美術館に通う参加者が多く、過去2年間の参加者のうち84%がその後も美術館に通っている。これは、美術館が地域社会のニーズに応えたことにより、コミュニティに根ざした存在になったと言えよう。

まだ検証は途上だそうだが、ホイットニーでは、中高生プログラムは多民族が共存する街ニューヨークで生きる学生の多様な価値観を育て、彼らの人生に大きなインパクトを与えている、と一定の評価をしている。プログラムの継続は、熱意あるスタッフと運営の資金が必要だというが、ホイットニーにとっても、美術館に元気をもたらし、将来の来館者でもある学生が集まる場として、再オープン後も中高生プログラムをさらに展開していきたい、とマクソン氏は報告を締めくくった。

〜第2回に続く(5月8日にアップ予定)〜
(取材・文/髙橋紀子=「美術検定」実行委員会事務局、染谷ヒロコ=本ブログ編集)

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