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横浜美術館 中高生対象:長期教育プログラムレポート 第2回

こんにちは。「美術検定」実行委員会事務局です。
横浜美術館で開催中の「蔡國強展:帰去来」(10月18日まで)では、中高生に向けた「体験しよう!伝えよう!アート」という長期プログラムが進行中です。6月下旬から10月上旬までの約4ヶ月にわたるプログラムのもようを、前回に続きレポートしていきます。


横浜美術館が主催する中高生対象の長期教育プログラムも中盤を迎え、いよいよ中高生たちは、プログラム2つめのパート、小学4〜6年生に向けて「蔡國強展をたのしむ!こども探検隊」のワークショップを企画・実施する、という段階に入った。今回は、プログラム4回目から6回目にかけての中高生たちの変化と、子どもたちを見守る美術館スタッフたちの様子を追っていく。

小学生は何が楽しいのか?
「伝える」が変える作品への視点


1007中高生たちの能動性を育む意図をもつプログラムだが、4〜6回目は、右図のような構成で進められた。

4回目・5回目は、タイムテーブルがきっちり組まれていた前回までとは違い、午前と午後で今日はここまでやる、という内容が大きく決まっているのみで、実際にやることと時間配分はグループの裁量に任された。3回目までは、中高生たちが受け身でも活動に支障を来す内容ではなかったが、4回目からは彼ら自身がリードしなければならないものに切り替わった。
※図は[プログラムの構成]。クリックで拡大


まず、中高生に課せられたワークショップの条件は「《夜桜》《春夏秋冬》《朝顔》《壁撞き》の4作品を小学生と一緒に鑑賞すること、展覧会にかかわる何かをつくってもよい」というものだ。「こども探検隊」の目的を確認し、どのくらいの時間で、どんな順路で、小学生にどのように作品を鑑賞させるのか、どのくらいの所要時間で何をつくってもらうのか、それにはどんな準備が必要なのか……それら全てを中高生たちが考え、つくっていくことになる。4・5回目の行動内容もグループで話し合いながら決めるという方針がとられた。

しかし、前回までの中高生たちの様子から、美術館スタッフも15分ほどかけた導入で4回目をスタートさせている。まず、ホワイトボードにプランのためのポイントを挙げ(画像参照)、①〜④についてどのように考えていけばよいのかについて示唆を与えている。例えば、①については、自分たちの小学校時代の行動や興味を思い出して、蔡さんの作品をどう伝えたらよいか案を出してみよう、②については前回作品をみた後に書いた感想を読み返して再度展示作品をみてみよう、といった具合だ。また、中高生たちが自由に参照できる資料として1〜3回目までのレクチャー内容、蔡さんと中高生たちの対話を文字に起こしたもの、展覧会のチラシ、火薬ドローイングの動画なども準備されている。前回参加者が書いた作品に対する感想を返却し、各グループはそれぞれ活動に入っていった。

1005_24回目では「午前中は自己紹介(30分)と作品見学(45分)、午後は制作(1時間半)」といった具合に実施日の大枠をさっと話し合い、作品をみながら何をつくるか考えようというグループ、自己紹介の方法や作品ごとに見学時間や解説担当を決めてから展示見学へと向かうグループ、話がなかなか進まないグループと、4グループそれぞれ違いが出てきた。どのグループでも自然に仕切り始める人が出てきて、メンバーの役割分担も徐々に発生している。プログラム内容については、4回目の午後にプレゼンテーションをした時点では、スケジュールと内容が依然大枠だったり、制作内容が振り出しに戻ってしまったグループもあった。


1005_4実施日の作品見学の内容は固めていなくとも、4・5回目の展示見学中の中高生たちの様子は、それまでとガラリと変わっていた。4つの作品で構成された《春夏秋冬》の前では、「これ、説明されてもおもしろい?」「自分が興味なくても、何があらわされているかは伝えないといけないんじゃない?」「いきなり説明するより、これは何の花かな?とか聞いたほうがいいんじゃないかな」「この鳥が羽ばたくイメージって、どんな意味だったっけ?誰か覚えている?」「どこから秋ってわかる?これだけ難しくない?」「中国の四季って言ってなかったっけ?日本と花とかの季節が違うかも」、と作品にあらわされたモチーフを丹念に追い、季節やモチーフの意味をお互いに確認し合う。自分たちの知識があやふやだったことについては美術館スタッフに尋ねるグループが多かった。また、同じ展示室にある《朝顔》との関連性を考えるグループもあった。メモを片手に作品の要素や出てきた意見を書き留めるグループもある。一方で「小学生は話を聞かないよ。とりあえず、何があるって説明すればいい」「作品は好きにみせる、でよくない?」「それだと時間が余るよ」といった、時間配分についてもグループ内で意見のやりとりがされるようになった。
画像は、蔡國強《春夏秋冬》(2014年)の展示室でディスカッションを繰り広げる中高生の様子
※画像はクリックで拡大



1005_3《壁撞き》の空間では、「蔡さんは、99に意味があるって話していたし、それはちゃんと説明した方がいいと思う」「狼が何匹いるでしょう、って聞いてみる?」「1頭ずつポーズとか顔が違うから、自分の好きな狼を探してもらうのはどうかな」「その狼のどこが好きなの、って聞いたりするのは?」「ベルリンの壁の話はした方がよくない?」「みる場所でみえ方がかわると思う。最初にどこからみる?」「壁のむこうは最後がいいと思う」「みる高さを変えるのもありだよね」と、作品の中を歩き回りながら、蓄えた知識と気付いたことを関連付けする意見交換も行われていた。伝えることや話す場所、作品の巡り方を考えることで、今までとは違う視点で作品をみつめ直し始めた様子がうかがえる。
画像は、蔡國強《壁撞き》(2006年、ドイツ銀行蔵)の展示室で、いろいろな視点を試みる中高生
※画像はクリックで拡大



《夜桜》は美術館の2階のグランドギャラリーに展示されているが、作品全体を正面から鑑賞する場合は3階の回廊からの方が適した大型作品である。前回の展示見学では、どのグループも美術館スタッフの導きで両フロアからの見学を行っている。「最初に何が描かれているかがみえた方がよくない?だとしたらまず上からだよね」「大きさがわかるのは2階じゃないかな」「エレベーターを降りたら、2階のこの絵の前を絶対通るじゃん。そこで立ち止まる気がする」「和紙とか、火薬で描かれたっていうのはあとで分かったほうがへえ〜って思わないかな?」。ここでは、作品そのもののほか、作品鑑賞の位置や順路、階段やフェンスの危険性も考慮に入れた話し合いが展開している。


1005_5「つくる」については、具体的な内容が伴わないとワークショップが成り立たない。4回目の作品見学後、いち早く制作に着手したのはCグループである。《春夏秋冬》からインスピレーションを受け、「自分の四季を表現する」というテーマのもと、紙粘土を使った作品サンプルを作り始めた。美術部所属の中学1年生は特に積極的で、土台を《春夏秋冬》のように立てて見せられないか、持ち帰りができるようにした方がいいのでは、とさまざまな案を出す。ほかのメンバーからは、個別につくった作品をつないで1つにしたいという案も出てくる。試行錯誤するもののうまくいかず、材料や制作方法のアイデアについて、美術館スタッフにアドバイスを仰ぐシーンもあった。
サンプル作品制作中のCグループ。手を動かしながら意見交換をしている
※画像はクリックで拡大

Aグループも蔡作品の特徴から紙粘土を使った制作案を出していた。しかし、Cグループのサンプル制作の様子をうかがい、変更案を考えることになったが行き詰まる。そこで学芸員の河上さんが入って、出てきた案の整理を促したり、制作活動の時間帯や所要時間はグループごとに違ってよい、再度作品をみて考えてみたらどうか、などのアドバイスを行っている。

Bグループは、蔡作品に「いろいろなパーツを集めてくっ付けたものが多い」「共同で作品をつくる」という共通点を見出し、小学生がそれぞれ1つ1つ何かをつくって最後にみんなで1つの作品として完成させる、という案にまとまった。《夜桜》と「いわき万本桜プロジェクト」をヒントに、色紙を使って桜の花を全員がつくり、1本の木に咲かせる活動に決定する。午後からは制作が得意な高校1年生を中心に、土台となる桜の木の制作に移行した。

1005_6Dグループは制作案をいろいろ出して1つに絞る方法をとったが、最終的に《壁撞き》をテーマに、3種類の制作を全員が体験するという、1つの作品への理解を深めていくことに決まる。4回目の午後からは分担を決めて、3種類のサンプルづくりに入っていった。




Dグループのサンプル制作のもよう。展覧会のチラシに狼たちのセリフを書き込む人、紙粘土でリアルな狼をつくる人と担当別に作業 ※画像はクリックで拡大

5回目の最後には、各グループで自己紹介やワークショップに必要な材料を確認し、美術館スタッフに伝えて解散となった。作品見学とサンプルづくりを通じて、グループ内のコミュニケーションが少しずつスムーズになり、話し声のボリュームは時間を追って大きくなっていく様子が見て取れる4・5回目であった。


中高生が感じた蔡國強と伝えたいこと

5回目のワークショップ終了後、数人の中高生に「彼らが感じた蔡國強という人」「小学生に何を伝えたいか」ということを尋ねてみた。「非常にフレンドリーで面白い」「発想が面白くてすごい」「一見怖そうだけど、周りに気遣いのできる人」「いろいろな人が作品を楽しむことに喜びを感じる人」、中高生たちが感じた蔡國強はこんな人だった。小学生に伝えたいこととしては「作品に対して誠実なところ」「人と作品をつないでいること」「自分の経験や思いを作品に込めて伝えようとしているところ」「表現力のすごさを感じてほしい」といったことが挙がる。また、「蔡さんが作品を通して伝えようとしたことはなんとなくわかったけれど、それを言葉にするのは難しい。だから、つくることを通して作品から感じたことを表してもらえればと思う」「どの作品も繊細な表現だし、実際にあるものと想像したものが混在していると思う。そこから受け取った感じや、みたことをワークショップなどで形にできると、蔡さんのすてきなところを感じてもらえるのではないか」、こんな思いが返ってきた。


本番! 小学生がひきだす中高生の力

実施日当日。10時半には小学生が集合するのに備え、中高生は材料や道具の最終チェック担当、出迎え担当に分かれて準備を行う。準備中はみな一様に緊張した面持ちだったが、小学生が来た途端に、笑顔とはっきりした声で迎えていた。グループワークが始まると、各グループで工夫をこらした自己紹介を要領よく始める。全員A4サイズの紙に名刺をつくるCグループは、作業中も小学生一人ひとりに声をかけ、小学生の表情も楽しそうだった。Aグループは模造紙に描かれた大きな木に自分の好きなものを描いていき、Bグループは絵しりとり、Dグループは絵による伝言ゲームをしながらグループの雰囲気を温めていた。

ワークショップルームから展示室、展示室内の移動では、中高生たちは小学生に目配りし、一人でいる子にはさりげなく声をかけたり、グループに戻したり、最後尾に必ず誰かがついて見守る。これらの行動は話し合った様子はなかったが、自然に行われている。また、作品について話すときも、子どもたちと目線を合わせて反応をみながら話す、質問をはさむ、小学生の発言をうなずきながら聞くといった受容の態度が身についている。小学生も中高生の作品についての説明を素直に聞き、感じたことや発見、疑問を活発に言葉にしていた。小学生にとって中学生たちは「信頼できるお姉さんとお兄さん」であることがよくわかる。小学生たちが、遠巻きに見守る美術館スタッフには近づいてこないのも印象的だった。
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小学生と一緒に作品を鑑賞する中高生たち。解説も堂にいった様子がうかがえる
1枚目/蔡國強《壁撞き》(2006年、ドイツ銀行蔵) 2枚目/蔡國強《春夏秋冬》(2014年)
※画像はクリックで拡大


「みる」パートでは、どのグループも時間があまり気味となったが、機転をきかせて、3階の回廊に設置された映像作品《巻戻》や、《朝顔》の展示室にあるメイキングビデオを見せるグループもあった。中には、4作品の説明をざっとして小学生にじっくり作品をみせずに20分程でワークショップルームに戻ったグループがあった。さすがに美術館スタッフから、制作に向けて再度作品を小学生にみせる工夫を考えるよう促され、展示室に戻る。興味深かったのは、このグループ、午前中いっぱいかけて作品をみて回り、ワークショップルームに帰って来たことだ。

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昼食をはさんで「つくる」パートに入ると、中高生たちがやることや材料、道具の説明を小学生にしてからそれぞれ制作に入っていった。ここでは美術部や作品制作が好きな中高生たちが中心となって、針金をカットするなどの危険が伴うプロセスを担当したり、材料の扱い方を教えている姿が見られた。小学生と一緒につくるグループ、ヘルパーに徹するグループなどそれぞれのやり方で制作を進める。紙粘土を使って夏の思い出をつくるグループは、小学生は楽しそうに虫や花火の立体絵をつくっていた。あるグループは、中高生メンバーが1人を残して欠席というアクシデントに見舞われた。小学生が展覧会で印象に残ったものをそれぞれ紙粘土でつくる内容だったが、そのサポートに1人で大奮闘。特例で美術館スタッフとボランティアが手伝うものの、高校生中心に、小学生たちもいきいきと作品づくりに取り組んでいた。

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リアルな狼をつくる、洗濯ばさみを使って狼の軌跡をつくってみる、《壁撞き》の写真を拡大したものに狼のセリフを書くという3つの制作をしたグループでは、終始なごやかな雰囲気でワークショップは進行された。ただ、洗濯バサミで遊びはじめた小学生につられて中学1年の男の子まで遊んでいたのはご愛嬌か。しかし、このブレイクをはさみ、最初はなかなかセリフにする言葉が出てこなかった小学生たちが、中高生のちょっとしたアドバイスを聞いたり作品サンプルを見たあと、ワークショップ終了時間までセリフを書き続ける現象まで起きている。
画像はともに、ワークショップルームで作品づくりをする小学生と制作をサポートする中高生の様子
※画像はクリックで拡大


距離感が変わった中高生たち

実施日の振り返りでは、「うまく作品の説明ができなかった」「素直に話を聞いてくれて驚いた」「時間配分がうまくできなくて、最後まで作品をつくらせてあげられなかった」「説明の内容はもう少し考えておくべきだった」といった反省が目立った。中には「6年生には生意気な子がいて、作品の説明をしても知っていると言って聞いてくれなかった。何で参加したんだろう」という疑問も口にした人もいた。彼らにとっての一番の驚きは「小学生は元気」「圧倒された」だったようで、振り返りが終わっても興奮気味で、いつもとは違って多くの会話が彼らの間で交わされ、後片付けも賑やかな時間となっていた。小学生という他者がグループに合流したことで、メンバー同士の親密度はぐっと上がり、今までにはない近い距離感でお互いに話す姿は印象的だった。


見守る難しさと中高生への信頼

話は戻るが、3回目を終えた後のスタッフミーティングで課題に挙がったのが、中高生の「伝える意識の欠如」だった。作品と作家を知るために座学や説明を受けることが中心のプログラムだったため、小学生に伝える・小学生とつくるという、このワークショップの当初の目的を忘れていた中高生が多いように思われた。そのため、4回目のプログラムの最初に目的を再確認し、スタートさせることになった。

中高生がグループで話し合いをするときには、ボランティアや美術館スタッフが各グループに見守り役として1〜2人がついている。このようなプログラムでは、大人が入って司会進行をしたり、制作の手助けをする方が手っ取り早く、成果も見えやすい。しかし、横浜美術館のスタッフたちは、プログラムの目的を順守し、中高生たちからのSOSやアドバイスの要請があるまでは、心配しながらも基本的に見守りに徹する努力をしていた。見守りを実行するには、中高生たちが潜在的にもつ考える能力や見通しを立てる能力を信頼しなくてはならない。このプログラムの目的は、見える結果の質ではなく、中高生たち自身が試行錯誤しながら一つのことをつくり上げるプロセスが重視されている。学芸員やボランティアは、要所要所で「それで大丈夫?」という念押しや、判断を仰がれても「それで、あなたたちはどう思う? どうしたいの?」という中高生自身の思考を促すやりとりを重ねていた。とはいえ、ときには無意識のうちに、「促す」が「方向を決める・判断する」に陥るスタッフの姿も見られた。通常、仕事において「自分で判断すること」や「効率化」が求められるが故に、ここではふだんの思考を切り替えなければならない難しさを感じる。

また、4・5回目は、あまりに進行が遅い、何も決まらないというグループが出てしまい、とうとう大人が介入せざるを得ない状況があった。グループメンバーの様子を見ると、コミュニケーションをとるのがやや苦手な人で構成され、コミュニケーターとなれるメンバーは欠席しがちだったことが進行遅れの原因になったと思われる。また、6回目には、メンバーの欠席で学芸員とボランティアが助っ人に入るシーンもあった。ここで大切なのは、グループメンバーが「自分がやれた」という状況をつくり出すことである。この日は無事に参加メンバー中心に活動を終え、1人で奮闘した高校生も達成感をもてたようである。

実は、欠席の多さは、スタッフミーティングで課題として挙がっていたことである。募集当初から活動日と全日程に出席してほしい旨を伝えていたのだが、実際にプログラムが始まると、家庭の事情や学校の用事などによる欠席が目立つ。全員揃った日は6回を通してゼロである。家庭の事情による欠席は、プログラムの目的などが保護者に十分理解されていないことにも起因するだろう。また、このような事態は、昨今の中高生たちの多忙さも原因の一つかもしれない。この点は、今後、同様のプロジェクトでは常に課題となりそうである。(次回に続く)

※写真提供=横浜美術館

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取材・文/染谷ヒロコ(本ブログ編集)

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