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横浜美術館 中高生対象:長期教育プログラムレポート 第3回

こんにちは。「美術検定」実行委員会事務局です。
横浜美術館で開催されていた「蔡國強展:帰去来」では、中高生に向けた「体験しよう!伝えよう!アート」という長期プログラムが行われました。今回は、6月下旬から10月上旬までの約4ヶ月にわたるプログラムのもようをレポートしてきた最終回です。


横浜美術館が主催する中高生対象の長期教育プログラムも10月初旬に終了。今回レポートするのは、最終パートの7回目から9回目まで、森美術館の中高生プログラムを受講する中高生との交流とプログラム全体のまとめのもようである。同世代との交流を経て、中高生たちにはどんな変化が見られたのかを追った。

作品を批判的にみるということ

08_kose7、8回目は、森美術館で開催中だった「ディン・Q・レ展:明日への記憶」の中高生プログラム参加者(以下、森美の中高生と省略)と一緒に活動を行った。7回目は森美の中高生が横浜美術館へ来館し、横浜美術館の中高生たちが展覧会をナビゲートした後、展覧会を深く理解するためのディスカッションを合同で行う、という内容だった。8回目は横浜の中高生たちが森美術館を訪問。前半は、展覧会担当の学芸員からレクチャーを受けた後、森美の中高生たちによる解説付きで展覧会を観覧した。後半では、両美術館の中高生合同でディン・Q・レさんへの質問を話し合い、最後に作家とのコミュニケーションを通して作家や作品を深く知ろう、という内容で進められた(各回のプログラム詳細は右図)。


2館のプログラムは、異なるアプローチで作家や作品を深く考える機会となっていた。横浜美術館のプログラムでは、以下、2つのテーマについて、グループディスカッションをする方法がとられている。

 ①作品制作において「蔡國強さんのした仕事/他の人がした仕事」を
  付箋に書き出す

  「蔡さんがボランティアなど人々と協働して作品制作を行う理由」を
  書き出して分析する

 ②蔡國強さんの「作品のよいと思うところ/よくないと思うところ」を
  付箋に書き出す


ここでは、各人が感じたことや考えたこと、情報として知ったことなどを1つずつ付箋に書き込み、テーマ別に模造紙の上で整理しながら話し合いを進める。進行はグループに任された。みんなで話し合いながら付箋に書き込むグループもあれば、まずは個人で付箋に書き込む作業をしてから、模造紙に貼る段階で、意見を整理するグループもある。最初は横浜の中高生中心に進行されていたものの、途中から森美の中高生が進行を担うグループもあるなど、活発な意見交換が見られる活動となっていた。

08_1グループでディスカッションをしながら付箋に書き込む中高生たち

08_2グループごとに、まとめた内容を発表


①についてまとめるうちに、蔡國強の制作のプロセスを改めて振り返り、「自分が作品制作をするときに誰かと“協働”しようと思わない。一人でやりたい。なぜ、蔡さんは協働をするのか?」と疑問を口にした中学生もいた。これは作品のアイデアを盗まれる恐れがある、作業は一人のほうが捗る、といった制作する人としての見方によるものだった。また、「この展覧会の作品で蔡さんがつくったものはあるのか? 蔡さんがつくったというより、ボランティアなどの人たちがつくったのでは?」という疑問をもった中学生もいる。これはアートにおける「つくる」の定義に関わる問いでもある。②については、いいところやすごいところはもちろん出てくるのだが、「火薬を使い過ぎ。極端過ぎる」「エコではない」「狼に羊の毛皮を使うのはどうか」「大きさのわりに効果的な表現とは言えないのでは」「他の作品で他人を巻き込むのは納得できたが、《夜桜》をみる限り、この作品で多くの人たちを動かすのは疑問に思った」など、素材や環境問題、特定の作品の規模や表現と協働との関係について批判的な意見がかなり出ていたのは興味深い。

一方、森美術館では、作家に出会い言葉を交わすことで、作家や作品、展覧会への理解を深めることになった。横浜美術館の中高生の多くは、短時間で展覧会に関する情報と作品に出会い、うまく消化できないまま、午後のプログラムに臨んだように思う。そのような状況の下、作家とのミーティングが始まった。「ディンさんにとってベトナム戦争とは何か?」「どうして写真を使った表現をしているのか?」といった中高生からの質問に、ディンさんは丁寧に、そしてフレンドリーに応える。その後、中高生たちにこう問いかけた。「10代の君たちが、私の作品やこの展覧会どう感じたのか、どの作品が自分とつながるように感じたのか教えてほしい」。中高生たちは一人ずつ、自分が気になった作品について、考えながら言葉を発していた。「いつも戦争はいけないこと、という一方向で伝えられる。ディンさんの作品からは戦争のいろいろな方向が見えてくる。一番伝えたいのは何か?」、「《南シナ海ピシュクン》では、ヘリコプターの乗務員が見えないのはなぜか?」、「《人生は演じること》が展覧会の最後にあったのはなぜ? 奇妙な感じがした」、「ディンさんはなぜアートという表現を選んだのか?」……具体的な作品について考えることで、自然に質問が湧いてきた中高生もいる。ディンさんは「いいところに気付いてくれたね」「あなたとこの作品のどこに関わりがあると考えたの?」と子どもたちの発言を促しながら、質問にも応えていく。最後に、「アートというのは、自分とどう関係しているか、自分とどうつながるのかを考えて表現することだと考えている」「自分のやっていることに意味があって、興味をもってくれる人たちがいるから、作品をつくり続けられる。将来のために覚えておくべき事柄を伝えていきたい」と中高生たちに語りかけていた。

08_3ミーティングで質問に答える
ディン・Q・レさん

撮影:御厨慎一郎 写真提供:森美術館


08_4中高生たちは、ディン・Q・レさんを前に
緊張しながらも、素直な思いや質問を伝える

撮影:御厨慎一郎 写真提供:森美術館



横浜美術館の中高生は、プログラムを通じて作品を批判的にみる活動は7回目が初めてだった。プログラム当初から作品や展覧会の解説と説明を聞くことで、「蔡國強の作品はこういうもの」と半ば受動的に受け止め、6回目までは「どう伝えるか」という点に重きを置いて作品をみてきた。そのような中高生たちが、初めて蔡國強作品を目の当たりにした同世代からの素直な疑問や深い洞察を受け取り、作家がこのような作品を制作した理由やプロセスを再び考える機会となったようだ。この経験を踏まえて、ディン・Q・レの作品をみていたことが、彼らの感じ取ったことや質問から感じられた。


アートを通して得た新しい体験とは?

08_5プログラムの最終回では、森美術館での体験とこれまでの活動を写真などで振り返った後、グループごとにプログラム全体のまとめを行った。各グループの高校生が司会進行を務め、ボランティアが書記を担当、「①自分にとって新しい体験だったこと②見方や考え方が変わったこと」の2点について話し合った。

まず、①については、アーティストたちに会ったこと、アーティストたちの視点に直接触れられたこと、同じ展覧会を何度もみて作品への理解を深めていったこと、人と一緒に作品をみることで一人では見つけられないことを発見できたこと、作品のことや感じたことを人に伝えるために作品をみること、伝えることの難しさがわかったこと、初対面の人達とワークショップをつくり上げること、などが挙げられた。

続いて、②では、美術や現代美術への興味がわいたこと、作品の背景を知りたい・理解したくなったこと、作品の意味を考えるようになったこと、自分とは違うものの見方や感じ方をもっと知りたいと思ったこと、初対面の人達とのコミュニケーションが楽しくなったこと、などが挙がっている。

プログラムを振り返る中で、①②を超えた発見も多くあったようだ。例えば、アーティストに対するイメージが変わったという感想があった。「個性的な作品をつくる人たちだから、周りとあまり関わらずに自分だけの世界にいると思っていたら、全く違って驚いた」「作品は非常にシリアスなのに、作家自身は明るくて気遣いのできる人たちだった」。また、新たな同世代の仲間との出会いに喜びを感じ、小学生の視点に驚きをもった中高生が多かった。

08_6「このプロジェクトを一言で表現するなら」という個人の振り返り制作の時間も設けられた


プログラム終了前、ボランティアと美術館スタッフが中高生たちに短い感想を伝えた。「さまざまな視点や考え方を、これからもたくさんの人たちとコミュニケーションをすることから知ってほしい」、「プログラムを通して、すぐに分かったこと、じっくり考えないと分からないことがあったと思う。今はわからなくても、ゆっくり時間をかけて考えることが大切なこともある、そのことを忘れないでほしい」。

*****

横浜美術館が取り組んだ長期プロジェクトは、アートを通して子どもたちの潜在能力を引き出すという目的は達成していたように見える。同時に、プログラムの内容や運営に関する課題もさまざまに見えてきたようだ。子どもたちを送り出した後のスタッフミーティングでは、いくつかの課題や提案がボランティアからも出されていた。横浜美術館教育普及グループのグループ長の関さんは「中学生や高校生は一番吸収力がある。だからこそ、その世代がアーティストのような「本気」の相手に出会うことは心に響く。それは彼らの考え方やものの見方に関わってくると思う。美術館は両者の出会いの機会を設けられる施設であるし、そのようなしくみをつくっていくことができるはず。今回のようなプログラムを継続させていく手立てを考えたい」と語っていた。今後の同館のプロジェクトにも注目をしていきたいと思う。

注記のない写真の提供=横浜美術館

取材・文=染谷ヒロコ/本ブログ編集

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