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美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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美術館学芸員を知る展覧会-「学芸員を展示する」

こんにちは。宇都宮在住のアートナビゲーターの渕野結美子です。日頃は宇都宮美術館の解説倶楽部のボランティアとして活動していますが、今回は、同市内の栃木県立美術館で開催中の展覧会「学芸員を展示する」をご紹介したいと思います。


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川崎清設計による栃木県立美術館の外観

◆学芸員を展示する?
ん?一体どういうこと?日本全国津々浦々の美術館イチオシの学芸員さんのお顏がずらっと並んでいたりして…なんて、妄想が暴走し始めた時点で、きっと担当学芸員の方は「シメシメ、つかみはOK!」と思っておられるのではないでしょうか?思わせぶりに人を煙に巻いたような、この展覧会の本質を射抜く斬新なネーミング。実はこのネーミングさえ、「学芸員を展示する」の展覧会の作品の一部になっているといえます。

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美術館入口にて。「学芸員を展示する」?

◆学芸員の仕事の舞台裏
そもそも「学芸員」はどういう仕事に携わっているのでしょう?美術検定の問題にも出題されるような、よく知られている主な仕事に、作品・資料の収集、保管、展示及び調査研究があります。とはいえ、私達の目に触れるのは、とても知的にコーディネートされた展覧会…つまり展示の分野がほとんどで、その展覧会を下支えしている学芸員の方々の膨大な仕事の詳細は謎のまま。ところが、今回その謎の部分を、学芸員自らが雄弁に語り始めることから物語は始まります。
そう、ヴェールにつつまれた「学芸員」の仕事の舞台裏を収蔵作品とともに紹介する、という画期的なストーリーで構成された展覧会…それが「学芸員を展示する」なのです。ナビゲートするのは、チャーミングなシルエットで登場する3人の「学芸員S」。随所にこぼれ落ちる裏話は「目からうろこ」のことばかり!
それでは、さっそく5つのコーナーで構成された展覧会の見どころを、紹介していきましょう。

1:コレクションができるまで
美術館において、その作品収集方法は主に「寄贈」「購入」の二つがあります。収集された作品や資料は、担当学芸員が丹念に研究し、それを蓄積することで、未来に繋がるより充実したコレクション群が生まれます。不定期に開催される大規模な回顧展は、こういった地道な研究の集大成といえるもの。コーナー展示前半部は、「寄贈」で生まれたコレクション群の一端を垣間見ることができます。
また、その美術館の代表作となる高額作品の「購入」も、1980年代後半に導入された基金制度で可能になりましたが、その作品が一点豪華主義に陥らず、既存のコレクションと違和感なく共存し、展示を充実させられるものかということを考えるのも、学芸員の大切な仕事になります。県美開館40周年記念に購入した高橋由一の「驟雨図」。由一の油彩画初購入への学芸員の方々の熱い想いが、添えられたキャプションからもひしひしと伝わってきます。その真摯な思いが重層的なコレクションの礎になっているのでしょう。

2:作品を守り伝える
美術館では、作品はデータベース化され、管理が行き届いた収蔵庫に保管されることになります。劣化した作品に対しては、修復家と協力し、「修復」の処置が施されることになりますが、その修復方針を決定するのも学芸員の重要な役割といえるでしょう。このコーナーでは、ある作家の作品を例にとって、具体的な修復のプロセスをみることができます。燻蒸で死滅したカビ菌のコロニ―は、修復家によって練りゴムや手術用メスを用いて丁寧に除去されており、修復前の劣化は、その根気強い作業により、見事にオリジナルの色とマチエールを取り戻していました。そして、思わずガラスケースに身を乗り出して見入ってしまったのが、修復家が作成した修復報告書です。処置前の状態が、細かいパーツ毎にクローズアップ写真で撮られ、カタログ保管されていました。それをみても、修復はただきれいな状態に戻せばよいというものではなく、オリジナルを尊重し、制作技法が作家の意図を損なわないよう、学芸員と修復家は連携して取り組んでいるのだということが伝わってきました。
また作品貸出に関しては、面白い裏話がありました。作品輸送時の随行者をクーリエというそうですが、展覧会で作品を借りる際、日本では開催する館の学芸員が随行し、欧米では反対に、貸す側の人が作品に同行し、運送・展示・開梱に関してチェックをするそうです。美術品の搬送時にダメージが生じることのないよう、たえず神経を研ぎ澄ませておかなければいけない大変な任務のクーリエ。華々しい海外出張という美名の陰に隠された、その重圧とストレスはいかばかりのものか…
さて、フロアーには移動の際のダメージから作品を守るべく、美術作品輸送の極意が詰まった「木箱(クレート)」も展示されています。どうぞお見逃しなく!

3:調査研究
作品の裏面を見るべし!
そこは展覧会出品歴や所有者の来歴が記されていて、作品の真贋のみならず、作品の評価基準を定める情報の宝庫となっているのです。1枚の古びたラベルが、幻の作品を見つけ出す手がかりとなり、そこでの学芸員と所有者との交流がきっかけで、コレクションとして寄贈されることもあるとのことで、ドラマティックな邂逅が隠されている秘密の場所でもあります。私達が日頃決してみることのできない場所なだけに、見てはいけないものを見ているような、そんなドキドキ感を今回の展示で少しだけ体験できるかもしれません。
また、学芸員にとって箱書や銘、スクラップブックや日記にいたるまで、作家周辺を取り巻くあらゆるものが研究対象となります。時間をかけて、所有者と深い信頼関係を築きながら、学芸員は作品を発掘し、資料を紐解き、作品の真実へと少しづつ近づいていくのです。

4:展覧会を創る
第1コーナーから第2コーナーに降りるスロープの壁面に、「美術館すごろく」が展示してあります。ひとつの展覧会が企画され、公開されるまでの一連の「学芸員の仕事」が、スタートからゴールまで27個にコマ割りされたすごろくなのですが、そのコマに記された仕事内容が想像以上に多岐に渡っていて、学芸員の業務の多さにあらためて驚かされます。コマの中に挟まれた「2回休み」「振出に戻る」「2コマ進む」といった言葉の中に、学芸員の方々の溜息や笑い声が潜んでいるようで、それもまた楽しい発見でした。
また、具体例として、「アンディ・ゴールズワージー展 ふたつの秋」開催に至るプロセスが作品とともに紹介されています。学芸員と作家とが制作現場で時間と空間を共有し、両者の絆が深まる中で素晴らしい作品群が自然空間に生まれ落ちていく様子が淡々と綴られおり、その横に添えられた学芸員Sのお茶目なシルエットが「学芸員冥利に尽きる」瞬間の喜びを表現しているようで、観ている私も思わず笑顔がこぼれました。
このコーナーでは、他にも地震対策の展示台・金具、ライティングに関するきめの細かい配慮なども、作品を通して詳しく解説されていますし、印刷物がどのような工程で進められ、どのような修正が加えられ、完成に至るのかも時系列に展示されています。たくさん張られた展覧会ポスターの中で、思わず足を止めさせる力を持つ今回の展覧会ポスターは、学芸員S3人(ベテラン・若手・新人)が横一列に歩くシルエット姿と、たくさんの候補から選ばれた謎めいたネーミングとが相まって、アイキャッチ効果が最大限に引き出された秀逸な作品だと思います。

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本展覧会のポスター印刷のプロセス

5:つなぐ美術館
さて、ラストのコーナーは、いわゆる教育普及活動と呼ばれるところです。学芸員が、あらゆる年齢層の人々を対象にワークショップ、ギャラリートーク、講演会やシンポジウム等の多彩な企画提案し、アプローチしていく事業です。双方向性だからこそ、鑑賞者や参加者の反応がダイレクトに跳ね返ってくるフィードバックの貴重な現場にもなっているだけでなく、美術館への関心や肩の力をぬいて「美術を楽しむ力」を育んでいく場にもなっています。今回も「展示室をつくってみましょう!」「アートかるたの読み札をつくってみましょう!」の二つのコーナーが用意されています。読み札は、後日開催されるワークショップ「「作って遊ぼう!アートかるた」にも展開していくとのこと。子ども達や若者が多く参加するこの「つなぐ」エリアこそ、学芸員ひいては美術館が未来を担う新しい価値観と出会い、それぞれの経験をシェアし合う無限の可能性を秘めた領域といえるのではないでしょうか。

◆終わりに
思えば、美術館入口の1枚のポスターからすべては始まっていました。「学芸員を展示する」というネーミングにも、受付で購入した1枚のチケットのデザインにも、担当学芸員の方々の数限りない議論が重ねられていたことでしょう。展示室を出る時には、この展覧会の紡ぐストーリーが、すとんと自分の中に落ちてきました。
また、エンタテイメント性を取り入れた新しい切り口で展覧会が企画され、その文脈の中で作品を鑑賞することができたこと、これこそ担当学芸員の方々の演出手腕の賜物だと思います。リピーターであっても、文脈を意識することで、作品に新しい価値を見出すことができることを体感したことは、私の今後のトーク活動にも繋がる大きな収穫でした。
「展覧会」という舞台の幕が上がる直前まで、作品と観客に対し真摯に奮闘する学芸員の方々の足音が聞こえてくるような、学芸員の方々の体温を身近に感じられる、そんな稀有な展覧会でした。
そういえば、私も数十年前に「学芸員資格」を取得した記憶が…。その時頂いた単位修得証明書は、開かずの引き出しの奥で修復不可能な位、カビ菌のコロニ―に侵食されているに違いありません。
このまま、引き出しの奥で眠らせておいてあげましょう、永遠に…


●展覧会情報
企画展「学芸員を展示する」
開催期間:2016年1月9日(土) ~3月21日(月・祝)
会場:栃木県立美術館
http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/exhibition/t160109/index.html


プロフィール
2007年「美術検定」2級、2008年1級を取得。宇都宮美術館開館の翌年、1999年より同館にて作品解説ボランティアとして活動開始、現在に至る。2014年は「オルセー美術館展」の、2015年は「マグリット展」の、二つのキャノン・ミュージアム・キャンパスのガイドとして参加。
美術検定の学習方法は、遊びの視点を持ちながら、様々な展覧会や作品そのものを楽しむことが一番だと思います。

| 美術館&アートプロジェクトレポート | 15:46 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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