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美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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アートナビゲーター・美術館コレクションレポート「玉堂美術館」

皆様こんにちは。東京都羽村市在住のアートナビゲーター、川邊志保子です。今回は、羽村市に隣接する青梅市の玉堂美術館をご紹介いたします。


JR青梅線・御嶽駅の改札を出てすぐ前の御岳橋を渡り切り、左手の“近道”と書かれた小道を降りて行くと、数分で、多摩川の清流に面し風格ある枯山水の庭園を持つ、和風建築の玉堂美術館に到着します。

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玉堂美術館の正面(写真上)と玉堂晩年の画室「隨軒(ずいけん)」(写真下)

この美術館は、近代日本画壇の巨匠・川合玉堂が1944年から1957年に亡くなるまでの10余年をこの地で過ごしたことを記念して建てられました。飾らない人柄の玉堂は、地元の人々からもこよなく愛され尊敬されていましたので、ぜひこの地に美術館を、という声が上がっていました。そうした声を受けて、香淳皇后をはじめ、遺族、地元の有志、全国のファンから多額の寄付が集まったことにより、玉堂の没後4年目の1961年に開館しました。美術館では、玉堂の15、6歳頃の写生帖から晩年の作品まで300余点を所蔵しており、企画展を含め年7回ほど展示替えを行ない、季節に合った作品を展示しています。

川合玉堂は、明治初期の1873年に愛知県で生まれ、間もなく両親とともに岐阜に移住しました。幼少時からの類まれな画才を高く評価する知人の勧めに従って、京都の師の下で厳しい修業をした後、上京を決意し、心酔する日本画家・橋本雅邦の元で研鑽を積みました。新進画家として頭角を表した玉堂は、東京の牛込若宮町に美意識の結晶のような邸宅を新築し、30~40年の間画業の拠点としていましたが、東京大空襲で消失してしまったため、70歳を超えてからこの西多摩郡御岳に居を移しました。終の棲家となったこの地は、若い頃度々写生旅行に訪れていて、いつかはこの様な土地に住んでみたいと歌にも詠んだ所でしたが、戦争という不幸な出来事によってはからずもその夢が実現したのです。

現在美術館では、「玉堂晩年の秀作展」が開催中(2017年12月10日まで)で、55歳から最晩年に至る作品が、京都で修業した少年期の写生帖とともに展示されています。この写生帖は、当時の交通事情では2日がかりだった岐阜・京都間を通い詰めて写生に励んでいた時のもので、見ていると少年のゆるぎない決意が切々と胸に迫ってくるようです。
20点余りの展示作品は、玉堂の画業の幅広さを示しています。専ら山水を描いた風景画家と言えるのかもしれませんが、花鳥画の「栃若葉」、人物画の「普化僧」や「寒山題壁」、そしてなによりも人や人の生活、また鳥獣への深い愛を感じさせる作品「茶摘」、「春光」、「夏川」、「鴛鴦」などバラエティーに富んでいます。遠目には山水画と見えても、よく見れば、生活感溢れる人馬の姿が描き込まれたりしていて、作品がぐっと身近に感じられます。

すがすがしい気持ちで展示室を出ると、目の前には白砂の石庭、眼下には渓流、そして周りを取り巻く草木…すべてが川合玉堂の世界と言えるでしょう。
御岳山や多摩川縁の散策とも併せて、ぜひお出かけください。


■玉堂美術館
〒198-0174 東京都青梅市御岳1-75
(新宿駅からJR中央線立川駅で乗り換え、JR青梅線御嶽駅まで約1時間30分)
開館時間 10:00~17:00(冬季は16:30) 入館は30分前まで
休館日 月曜日(月曜祝日の場合その翌日)および年末年始 臨時休館有り
入館料 大人500円 中・高・大学生400円 小学生200円
Tel 0428-78-8335
URL http://www.gyokudo.jp/


プロフィール/美術鑑賞に多少興味をもっていたという程度でしたが、検定試験があるなら試しに受けてみようかなと軽い気持ちで4級から始めました。1年ずつ級を上げていって2012年に1級に辿り着いたのはいいのですが、過去問題頼りの勉強だったので、全く実力が伴っていないことを悟り愕然としました。その反省から、今は少しずつ美術論や美術史を学ぶと同時に、美術館にはできる限り足しげく通うようにしています。またやる気を風化させないよう、地元の小学生の鑑賞教室などを手伝わせていただいております。

| 連載「アートナビゲーター・美術館コレクションレポート」 | 11:18 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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