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美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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シンポジウム「スマホで覗く美術館-鑑賞体験のゆくえ-」レポート

 アートナビゲーターのいけだまさのりです。今回は、2018年7月14日(土)に東京大学で開催された文化資源学会のシンポジウム「スマホで覗く美術館-鑑賞体験のゆくえ-」についてレポートします。


 冒頭に、東京大学教授・静岡県立美術館館長の木下直之氏より、シンポジウムのテーマを問題として提起した経緯が述べられました。木下氏は1980年代より1997年まで兵庫県立近代美術館に勤務し、その後大学に転じて昨年20年ぶりに美術館に職場として戻ったところ、美術館をめぐる環境が大きく変わったと実感されたそうです。今回のシンポジウムでは、美術館での“鑑賞”に焦点を当てることにより、美術館のあり方が再考されることとなりました。

 まずは木下氏から、日本の美術館の成り立ちについて説明がありました。日本では、1877年の第1回内国勧業博覧会において、初めて「美術館」を名乗った建物が出現し、ガラスの陳列ケースや監視員が配されました。それが、今につながる“鑑賞の場”としての美術館のはじまりです。そこは堅牢な壁に守られた空間で、美術品をじっくり見つめるという体験の場でもありました。
 ところが、今その壁がスマホの登場で揺らいでいる、と木下氏は指摘します。観客は、美術品を見るよりも撮ることに忙しくなり、その画像は美術館の壁を越えて拡散しています。美術館自体が、展示室の写真撮影禁止から、徐々に写真OKに、さらにSNSによる発信を推奨するまでに変わりました。海外では、「Museum Selfie Day」のような、美術館での自撮りムーブメントまで起こっているそうです。さらに日本では、地域でのアート・プロジェクトが盛んに行われるようになりました。こうして、美術館の外側にもさまざまな美術の表現と体験の場が生まれる中で、本物の作品に向き合う場としての美術館の機能に、問いが投げかけられました。

 続いて3名の発表者より、冒頭の木下氏の問題提起を受けて、その問いに関わる報告がなされました。最初に、お茶の水女子大学准教授の鈴木禎宏氏より、1910年から1923年に刊行された雑誌『白樺』の同人たちの、西洋美術鑑賞への取り組みが報告されました。当時の日本では、まだ本物の西洋美術作品に接する機会もなく、印刷物でしか鑑賞できなかった時代で、『白樺』では毎号誌面に美術品の図版・挿絵を掲載していました。ある時、『白樺』の同人らが、ロダンの70才の誕生日祝いに『白樺』のロダン特集号と共に浮世絵をロダンに送ったところ、ロダン本人より小さな3体の彫刻像が返礼品として送られてきたそうです。彼らは、初めて見る本物の作品を凝視し、その後そんな本物を鑑賞できる美術館を設立しようと、美術館構想を打ち上げました。白樺派の芸術崇拝は、聖遺物としての美術作品、神殿としての美術館という、ミュージアム思想の祖型を成しています。また、雑誌という当時の最新メディアを活用し、関連した展覧会などの催事も開いて価値の拡散を図った白樺派は、今のスマホやSNSの活用による情報の共有や拡散の先駆者ともいえます。

 2人目の発表者は、横浜美術館学芸員の片多祐子氏でした。発表の主な内容は、今年横浜美術館で開催された国際巡回展「ヌードNUDE-英国テート・コレクションより」を中心とした報告でした。本展の目玉作品ともいえる、重さ3トンを超える大理石像、ロダン作《接吻》は、主催者間や館内での様々な議論と検討を経て、展覧会での写真撮影が可となりました。会期中には、作品解説の後この作品をモチーフとしてデッサンを行う教育目的のイベントや、女性インスタグラマーたちを招いての作品撮影、SNSで発信するプロモーション目的のイベントなどが行われました。入場者アンケートには、撮影に対しクレームもあったそうですが、好意的な意見が多く見られたそうです。美術館に、礼拝的価値、教育、娯楽など、多様な価値観が寄せられる今、改めてその立ち位置が問われているようです。

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上の画像はシンポジウムチラシ。チラシにある写真は、横浜美術館「ヌードNUDE-英国テート・コレクションより」展での写真撮影風景

 3人目はインディペンデント・キュレーターの鷲田めるろ氏による、1999年の開設準備から今年2018年3月まで所属された金沢21世紀美術館での経験を交えての報告でした。1980年代以降、美術館は娯楽の選択肢となり、さらに2000年代以降は、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に代表されるように里山や街中に作品が置かれるようになり、作品をめぐるその間の経験も重視され、美術は風景や食などと等価の体験となっていきます。2004年に開館した金沢21世紀美術館は、壁で隔てられるのでなく、外の世界と混ざり合った日常との連続性が建築的に意図されています。最近のスマホによるインスタグラム撮影は、日常の断片が全焦点的に切り取られ、観客は“ながら鑑賞”を楽しみ、気楽に他者とつながっています。スマホは、美術館をより開かれたものにしてゆく可能性を有している、と鷲田氏は論じました。

 この3名による報告の後、東京都美術館アート・コミュニケーション係長の稲庭彩和子氏がファシリテーターとなり、4名によるパネルディスカッションが行われました。鈴木氏の美術館の過去・凝視という鑑賞の作法、片多氏の1989年のバブル絶頂期に近現代コレクションを揃えて開館し、まもなく大規模修繕を迎える横浜美術館の現在、鷲田氏の街中の日常となめらかに繋がり楽しむ場としての美術館の未来、といった発表やそれぞれの立場から、美術館での鑑賞について意見が交わされました。

 各美術館はその時代・風景に建てられた建物を構え、収集保存されてきたコレクションを有しています。それぞれの美術館がその個性をどう発揮していくか、コレクションをどう保存・活用してゆくか、スマホやSNSといった新しいメディア、ネットワークとどう携わってゆくか、美術館のあり方はこれまで以上に多様であるべきことが考えられます。

 本シンポジウムを聞き終え、電子情報が加速度的に拡散する時代において、美術館が存在する価値、実物の作品が有する価値をいかに伝えてゆくかが問われていると感じました。スマホという新しい電子デバイスが持つ可能性を絶えず学びつつ、アートナビゲーターとして、美術の鑑賞体験をさまざまな世代の他者とどう豊かなものとして共有してゆくか、自己への問いとして響いています。


プロフィール
2005年に第1回目のアートナビゲーター検定1級(美術検定1級の前身)試験に合格。会社員の傍ら週末の美術館通いをしていたので、試験にチャレンジ。合格後は都内の美術館で現代美術のボランティアガイドに挑戦したり、アートから得られる多様な気づきを現在の仕事(社内教育研修)に生かしています。

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