アートナビゲーター・美術館コレクションレポート「下関市立美術館」
山口県周南市のNodezaroです。今回は下関市立美術館を訪問しましたので、そのレポートをさせていただきます。
下関市立美術館(以下“しもび”)がある長府地区は、関門海峡に面した城下町の面影が残る観光地です。山口県で城下町と言えば萩が有名ですが、長府も分家の長府毛利家が置かれた城下町で、“しもび”の目の前は長府庭園、海峡を望む岬の上は櫛崎城址という史跡に囲まれた場所です。幕末に高杉晋作が決起した功山寺があるのも長府です。歴史に興味のある方は下関市立歴史博物館もお薦めです。

緑あふれるアプローチと、さざ波をイメージしたタイルに覆われる外観
そんな城下町地区の西端の小さな丘の上に、1983年、市制施行90周年事業として“しもび”は開館しました。開館時のキャッチフレーズは“海を見下ろす美術館”、建物全体を覆う純白のタイルはそこから見えるきらめくさざ波をイメージしています。当時は1970年代から80年代にかけてのいわゆる公立美術館の第一次建設ラッシュの時代、山口県立美術館のわずか4年後に開館という県内の美術館の草分けです。
“しもび”のコレクションの柱の一つは、地域にゆかりの深い作家の作品です。まず何と言っても、明治日本画のさきがけ、下関出身の狩野芳崖。アプローチで胸像が出迎えてくれます。

来館者を迎える狩野芳崖の胸像
そして、萩出身の画家、高島北海。1年間下関市内の高校で先生を勤めていました。シベリアシリーズで有名な香月泰男も、市内の南高で教鞭をとっていたことがあります。
また、コレクションのもう一つの柱は、河村コレクションなど市民から寄贈された作品群です。河村コレクションとは、第二次大戦前、下関で呉服商「伊勢安」を営んでいた故・河村幸次郎氏が収集した、大正期を中心にした近代の作家の作品です。河村氏は家業の傍ら文芸誌を発行するなど、下関の文化シーンを牽引する様々な活動をされた方で、高島北海の娘婿でもあります。そのコレクションには、岸田劉生の《村娘の図》や藤田嗣治の作品などが含まれます。
藤田の墨で描いた猫などの連作は、個人的に大好きな作品です。大作ではありませんが、揃いの豪華な金色の額縁に飾られ、生き生きした墨の筆致が気持ちの良い作品です。これを個人で楽しまれていたのかと思うと、羨ましい限りです。
河村コレクションの特色である、大正期を中心にした近代の作家の作品は、そのまま館のコレクション収集の柱となりました。開館当初に収集した作品として、松本竣介の《街にて》や佐伯祐三の《オニーの牧場》があります。今回お話を伺った中村館長によると、こうした作品を収集できたのは、当時は財政力があり市場にも質の高い作品があって、国内に勢いのあった時代だったからだそうです。

今回お話をお伺いした中村館長
近現代をテーマとした展覧会で自分が一番印象に残っているのは、1999年に開館15周年記念として“しもび”単館で開催された『日本の印象派』展です。展覧会の第一部で、児島虎次郎や斉藤豊作といった日本の点描派の明るい油絵を初めて知りました。第二部では、当時の洋画界の様子が新派・旧派の対立を軸に紹介されており、当時は新派・旧派が何なのかも分からず、ただ近代日本洋画にもいろいろ歴史があったんだ!とただ驚きました。その後全国の美術館で、白馬会の陰であまり紹介されることのなかった明治美術会・太平洋画会などを紹介する展覧会が続きましたが、今から思えばその流れに先駆けたものでした。
また近年では、2017年に他館と合同で開催された『動き出す!絵画 ペール北山』展も、近代日本洋画をテーマとした興味深い展覧会でした。時代を大正期、ほぼ草土社の盛衰に絞った時代構成は新鮮で、中村彝が初めちらっと現われ、段々存在感を増していく展示構成にはぞくぞくさせられました。『日本の印象派』、『ペール北山』両展ともに岡本副館長が企画担当されたとのことで、今後もこんな大正期に強い“しもび”のコレクションが存分に活かされた、骨太な企画展を期待しています。
さて、コレクションの次の重要な柱の一つが、7月7日まで開催されていた所蔵品展『自然と象徴―高島北海、アルフォンス・ミュシャを中心に』でも取り上げられていた画家・高島北海と、彼に関連したガレ、ミュシャなど世紀末のヨーロッパ美術です。今回、北海の作品をまとめて鑑賞し、花などの植物の色が明るく綺麗な点など、琳派にも通ずるのではないか?と気になりました。北海はフランスやアメリカに滞在したこともあり、屏風や襖に墨で写実的に描かれた山岳風景は斬新で、吉田博などの山岳絵画への影響なども想像させます。また写実的な描写の反面、山の稜線の描き方は日本画風と、時代も感じさせます。
合わせて展示してある所蔵品のガレのガラス器は、テレビなどで見かけるものよりも明るい感じのものが多く、図柄が北海の植物や山岳風景に似ていて、ガレが北海をリスペクトして影響を受けたということが納得できます。
さらに、展示の最後の一室はミュシャの《主の祈り》。一つ一つがタイトルページ、解説、イラストの3ページから成る7つの祈祷文で構成されるリトグラフの作品です。おしゃれなポスターのミュシャというよりは、近年紹介されている《スラブ叙事詩》の雰囲気に近い、厳粛で抑制されたトーンが美しい作品でした。こんな作品もコレクションされてるんだと感心いたしました。
中村館長のお話では、開館当初はロートレックなどフランス世紀末のポスターなど比較的安く入手できたそうで、今ではコレクションの重要な部分となっているとのこと。“しもび”では年数回所蔵品展を開催されますが、その内の一回はこうした世紀末の美術関連のものを企画されています。
もう一つ、開館当初から取り組まれているのが絵本の展覧会で、現在特別展として開催中の『横山眞佐子と3人のゆかいな仲間たち 安野光雅/角野栄子/あべ弘士』展は、その歴史を振り返るものでもあります。今でこそ絵本展は展覧会のジャンルの一つとして普通に見かけますが、“しもび”ができた当時は「美術館で絵本展?図書館じゃなくて?」という批判的な声があったそうです。そんな中、早くから絵本の展覧会に取り組めたのも、横山眞佐子さんの存在が大きかったそうです。
横山さんは、下関市内で40年にわたり児童書専門店「こどもの広場」を主宰され、絵本の素晴らしさを伝えていらっしゃる方です。もともと下関は、お母さん方やPTAなどの文庫活動、読み聞かせ活動など、子供の本に関わる人の層が厚いそうです。そんな下関で、学校で子供たちが好きな本を選べる活動をはじめ、絵本作家、児童文学、文化人との交流を活かして、講演会、ワークショップ、イベントを開催されています。こうした活動を全国に先駆けて取り組まれ、下関の子供達に豊かな文化の種を蒔き続けていらっしゃいます。
これまでも横山さんは、その人脈を生かし、“しもび”での絵本展の企画自体への参加や、展覧会に合わせて開催されるイベントへの作家招聘に協力されてきたそうです。また横山さんの働きかけで、展覧会のイベントとして、お母さん方、PTAの方に読み聞かせや人形劇をやっていただくことも多いそうです。
河村幸次郎氏にしろ、横山眞佐子さんにしろ、地元で文化活動に取り組まれている方はどこの街にもいらっしゃるのかも知れません。“しもび”が素晴らしいのは、そうした方たちとの協働が理想的な形でうまくいっていることだと思います。
近年、国内各地に設立された美術館はどこも、地域の中でいかに役割を果たしていくか、というテーマを抱えていると思いますが、“しもび”は開館当初からその答えを示していたといえると思います。

速水史郎《GANRYU》、《MUSASHI》などの屋外展示
他にも速水史郎はじめ、植木茂や桂ゆきなど、充実したコレクションがあります。お近くにお越しの際は、城下町の散策と合わせてぜひ下関の豊かな文化をご堪能ください。
■下関市立美術館
〒752-0986 山口県下関市長府黒門東町1-1
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館30分前まで
休館日 月曜日(祝日除く)、展示替期間、年末年始(12月30日~翌年1月2日)
入館料 [常設展]一般200円(団体は160円)、大学生100円(団体は80円)
※18歳以下及び70歳以上(下関市、北九州市在住の方は65歳以上)、障がい者の方および高等学校、中等教育学校、特別支援学校に在学の生徒は無料
[企画展]企画展ごとに設定
TEL 083-245-4131
URL http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/bijutsu/
プロフィール
出身地の山口県周南市で美術とはほぼ無縁の公務員をしてる50過ぎのおじさんです。
学生の頃は『美術部』で油絵を描いてました。100号とか描いたこともあります。日本の美術教育の賜物で、美術鑑賞に関心が移るのはようやく社会人になってから、美術検定もその里程標として受けてみました。2010年、2度目の受験で美術検定1級取得、その後の7年間、自分も含め”アート”を取り巻く世の中の環境は随分変わったなー、と感じます。かく言う爺も@Nodezaroでインスタグラムなんてものもやってますので、ご興味のある方、是非覗いてみてください。


緑あふれるアプローチと、さざ波をイメージしたタイルに覆われる外観
そんな城下町地区の西端の小さな丘の上に、1983年、市制施行90周年事業として“しもび”は開館しました。開館時のキャッチフレーズは“海を見下ろす美術館”、建物全体を覆う純白のタイルはそこから見えるきらめくさざ波をイメージしています。当時は1970年代から80年代にかけてのいわゆる公立美術館の第一次建設ラッシュの時代、山口県立美術館のわずか4年後に開館という県内の美術館の草分けです。
“しもび”のコレクションの柱の一つは、地域にゆかりの深い作家の作品です。まず何と言っても、明治日本画のさきがけ、下関出身の狩野芳崖。アプローチで胸像が出迎えてくれます。

来館者を迎える狩野芳崖の胸像
そして、萩出身の画家、高島北海。1年間下関市内の高校で先生を勤めていました。シベリアシリーズで有名な香月泰男も、市内の南高で教鞭をとっていたことがあります。
また、コレクションのもう一つの柱は、河村コレクションなど市民から寄贈された作品群です。河村コレクションとは、第二次大戦前、下関で呉服商「伊勢安」を営んでいた故・河村幸次郎氏が収集した、大正期を中心にした近代の作家の作品です。河村氏は家業の傍ら文芸誌を発行するなど、下関の文化シーンを牽引する様々な活動をされた方で、高島北海の娘婿でもあります。そのコレクションには、岸田劉生の《村娘の図》や藤田嗣治の作品などが含まれます。
藤田の墨で描いた猫などの連作は、個人的に大好きな作品です。大作ではありませんが、揃いの豪華な金色の額縁に飾られ、生き生きした墨の筆致が気持ちの良い作品です。これを個人で楽しまれていたのかと思うと、羨ましい限りです。
河村コレクションの特色である、大正期を中心にした近代の作家の作品は、そのまま館のコレクション収集の柱となりました。開館当初に収集した作品として、松本竣介の《街にて》や佐伯祐三の《オニーの牧場》があります。今回お話を伺った中村館長によると、こうした作品を収集できたのは、当時は財政力があり市場にも質の高い作品があって、国内に勢いのあった時代だったからだそうです。

今回お話をお伺いした中村館長
近現代をテーマとした展覧会で自分が一番印象に残っているのは、1999年に開館15周年記念として“しもび”単館で開催された『日本の印象派』展です。展覧会の第一部で、児島虎次郎や斉藤豊作といった日本の点描派の明るい油絵を初めて知りました。第二部では、当時の洋画界の様子が新派・旧派の対立を軸に紹介されており、当時は新派・旧派が何なのかも分からず、ただ近代日本洋画にもいろいろ歴史があったんだ!とただ驚きました。その後全国の美術館で、白馬会の陰であまり紹介されることのなかった明治美術会・太平洋画会などを紹介する展覧会が続きましたが、今から思えばその流れに先駆けたものでした。
また近年では、2017年に他館と合同で開催された『動き出す!絵画 ペール北山』展も、近代日本洋画をテーマとした興味深い展覧会でした。時代を大正期、ほぼ草土社の盛衰に絞った時代構成は新鮮で、中村彝が初めちらっと現われ、段々存在感を増していく展示構成にはぞくぞくさせられました。『日本の印象派』、『ペール北山』両展ともに岡本副館長が企画担当されたとのことで、今後もこんな大正期に強い“しもび”のコレクションが存分に活かされた、骨太な企画展を期待しています。
さて、コレクションの次の重要な柱の一つが、7月7日まで開催されていた所蔵品展『自然と象徴―高島北海、アルフォンス・ミュシャを中心に』でも取り上げられていた画家・高島北海と、彼に関連したガレ、ミュシャなど世紀末のヨーロッパ美術です。今回、北海の作品をまとめて鑑賞し、花などの植物の色が明るく綺麗な点など、琳派にも通ずるのではないか?と気になりました。北海はフランスやアメリカに滞在したこともあり、屏風や襖に墨で写実的に描かれた山岳風景は斬新で、吉田博などの山岳絵画への影響なども想像させます。また写実的な描写の反面、山の稜線の描き方は日本画風と、時代も感じさせます。
合わせて展示してある所蔵品のガレのガラス器は、テレビなどで見かけるものよりも明るい感じのものが多く、図柄が北海の植物や山岳風景に似ていて、ガレが北海をリスペクトして影響を受けたということが納得できます。
さらに、展示の最後の一室はミュシャの《主の祈り》。一つ一つがタイトルページ、解説、イラストの3ページから成る7つの祈祷文で構成されるリトグラフの作品です。おしゃれなポスターのミュシャというよりは、近年紹介されている《スラブ叙事詩》の雰囲気に近い、厳粛で抑制されたトーンが美しい作品でした。こんな作品もコレクションされてるんだと感心いたしました。
中村館長のお話では、開館当初はロートレックなどフランス世紀末のポスターなど比較的安く入手できたそうで、今ではコレクションの重要な部分となっているとのこと。“しもび”では年数回所蔵品展を開催されますが、その内の一回はこうした世紀末の美術関連のものを企画されています。
もう一つ、開館当初から取り組まれているのが絵本の展覧会で、現在特別展として開催中の『横山眞佐子と3人のゆかいな仲間たち 安野光雅/角野栄子/あべ弘士』展は、その歴史を振り返るものでもあります。今でこそ絵本展は展覧会のジャンルの一つとして普通に見かけますが、“しもび”ができた当時は「美術館で絵本展?図書館じゃなくて?」という批判的な声があったそうです。そんな中、早くから絵本の展覧会に取り組めたのも、横山眞佐子さんの存在が大きかったそうです。
横山さんは、下関市内で40年にわたり児童書専門店「こどもの広場」を主宰され、絵本の素晴らしさを伝えていらっしゃる方です。もともと下関は、お母さん方やPTAなどの文庫活動、読み聞かせ活動など、子供の本に関わる人の層が厚いそうです。そんな下関で、学校で子供たちが好きな本を選べる活動をはじめ、絵本作家、児童文学、文化人との交流を活かして、講演会、ワークショップ、イベントを開催されています。こうした活動を全国に先駆けて取り組まれ、下関の子供達に豊かな文化の種を蒔き続けていらっしゃいます。
これまでも横山さんは、その人脈を生かし、“しもび”での絵本展の企画自体への参加や、展覧会に合わせて開催されるイベントへの作家招聘に協力されてきたそうです。また横山さんの働きかけで、展覧会のイベントとして、お母さん方、PTAの方に読み聞かせや人形劇をやっていただくことも多いそうです。
河村幸次郎氏にしろ、横山眞佐子さんにしろ、地元で文化活動に取り組まれている方はどこの街にもいらっしゃるのかも知れません。“しもび”が素晴らしいのは、そうした方たちとの協働が理想的な形でうまくいっていることだと思います。
近年、国内各地に設立された美術館はどこも、地域の中でいかに役割を果たしていくか、というテーマを抱えていると思いますが、“しもび”は開館当初からその答えを示していたといえると思います。

速水史郎《GANRYU》、《MUSASHI》などの屋外展示
他にも速水史郎はじめ、植木茂や桂ゆきなど、充実したコレクションがあります。お近くにお越しの際は、城下町の散策と合わせてぜひ下関の豊かな文化をご堪能ください。
■下関市立美術館
〒752-0986 山口県下関市長府黒門東町1-1
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館30分前まで
休館日 月曜日(祝日除く)、展示替期間、年末年始(12月30日~翌年1月2日)
入館料 [常設展]一般200円(団体は160円)、大学生100円(団体は80円)
※18歳以下及び70歳以上(下関市、北九州市在住の方は65歳以上)、障がい者の方および高等学校、中等教育学校、特別支援学校に在学の生徒は無料
[企画展]企画展ごとに設定
TEL 083-245-4131
URL http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/bijutsu/

出身地の山口県周南市で美術とはほぼ無縁の公務員をしてる50過ぎのおじさんです。
学生の頃は『美術部』で油絵を描いてました。100号とか描いたこともあります。日本の美術教育の賜物で、美術鑑賞に関心が移るのはようやく社会人になってから、美術検定もその里程標として受けてみました。2010年、2度目の受験で美術検定1級取得、その後の7年間、自分も含め”アート”を取り巻く世の中の環境は随分変わったなー、と感じます。かく言う爺も@Nodezaroでインスタグラムなんてものもやってますので、ご興味のある方、是非覗いてみてください。
| 連載「アートナビゲーター・美術館コレクションレポート」 | 09:52 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑