美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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科学すること・アートすること

こんにちは。「美術検定」実行委員会事務局です。
今回の「プロフェッショナルの視点から」では、NHKの番組プロデューサーであり、アートナビゲーターでもある村松秀さんにお話を伺いました。

村松さんは、人気番組『ためしてガッテン』『すイエんサー』などの番組を手がけてきた科学番組のプロフェッショナル。そんな村松さんの視点から、美術と科学の関係を教えていただきました。


ーーまずは村松さんがいま制作されている『すイエんサー』(火曜18:55~NHK Eテレで放送)について伺わせてください。この番組、科学番組なのに変わったアプローチをしていらっしゃいます。そこで番組についてご説明をいただけますか?

村松 「すイエんサー」は一応、科学系の番組なんですが、そう名乗るのもおこがましいぐらい科学番組っぽくないテイストを貫いているので、私たち自身は聞かれた場合には「科学(?)エンターテインメント番組」と答えるようにしています。そもそも、扱っているテーマがあまりにも身近で、ふつうの科学番組らしくありません。「黄身がど真ん中のゆで卵を作る方法はないか?」とか「飲み物を飲んだあとに『あー』って言ってしまうのはなぜなのか?」とか「スイカを種が入らないようにカットすることはできないのか?」といった、ある意味でどうでもいいといえば本当にどうでもいいようにも思えるギモンをあえて取り上げて、あーでもないこーでもない、とみんなで真剣に考えていくわけです。ロケに出向くティーンズ雑誌のカリスマモデルたち「すイエんサーガールズ」も、番組のMCたちもゲストも、実は打ち合わせなし、台本なしの完全なガチンコ。スタッフからも何も教えない、というのがルール。でも、そうすることで予定調和ではなく、みんなマジメにテーマに向き合ってくれるので、すごく生き生きと楽しい空気が生まれるんです。

この番組の制作背景には、今の社会に「考える絶対量」が極端に少なくなったように思える、ということがあります。いまは「これってどういうこと?」と思えば、googleなどで検索すれば大概の情報が載っていたりします。それはとても便利なのですが、その分、「なんでだろう?」「どうしてだろう?」「どうしたらいいだろう?」といったことを自分なりに考える、ということが減ってしまっているような社会になっているのかもしれません。一方でgoogleで調べたことも、それが本当に吟味された正しい情報なのかどうかはわかりませんし、そもそもいったいなぜそうした結論に達したのか、載っていないことも多いですよね。「すイエんサー」では、テーマとして取り上げた素朴なギモンをある意味、ムダも含めて「グルグルと考えて」結果に近づいて行くプロセスを、視聴者に楽しんでいただきながら追体験してもらおう、というのがコンセプトになっています。そのグルグル考えるプロセスこそが、実はふだん科学者が研究をしている「科学する」という姿に近いものであって、そうした「プチ・科学研究感」のようなものを、番組を通じて味わってほしいというメッセージをこめています。

mc『すイエんサー』のオープニングより、MCの3人。右から、岡田圭右(ますだおかだ)、渡辺徹、小島瑠璃子。
NHK
girls「すイエんサーガールズ」。ティーンズ雑誌のカリスマモデルたちで結成されたユニット。
ロケであらゆることに挑戦する。ロケの際、出演者と制作者の間に打ち合わせはなく、全てが本番(ガチンコ)で行われるという。

NHK



ーー「グルグル思考」ですか。科学というと、例えば○○細胞が発見されました、のようないわば疑問と結果が一直線につながるもの、というイメージがありますが。

村松 そうですね。ふつうの市民のみなさんはどうしても「iPS細胞が作られました」といった、“わかった情報そのものが科学”である、ととらえがちなところがあります。それはもしかしたら、僕たちメディアが研究成果という「情報」を伝えることを大事にしてきたことが影響しているかもしれませんし、これまでの理科教育がどうしても知識を身につけることを優先してきたからなのかもしれません。今の社会自体にも結果や情報を重んじる成果主義が浸透しています。そうした中で、科学とは情報そのもののこと、科学とは曖昧さのない結果のこと、と思われがちかと。

しかし、実際の科学者たちは成果がでるまでの長い時間、様々な視点から命題に取り組み、なぜなんだろうと必死に考え、実験や検証をくり返す「グルグル思考」を続けています。そもそも研究している時間の中では、結果など見えない、わからない状態の方が圧倒的に長いわけで、ある意味でとても曖昧な状況にあるわけです。それに、正しいと信じられてきた結果や情報がまったくひっくり返ることもしばしばおこります。ガリレオの地動説はいい例ですね。これによって人々の世界観がガラリと変わった。科学者というのは営みとして、グルグルと思考を続けているのだと思います。しかし、そうした科学者たちの「グルグル思考」のプロセスは、なかなか表には出ない構図になっているのではないかとも感じます。もしかしたら、その点はアートも同じなのかもしれません。


ーー私たちも完成作品こそ「美術作品」と考えがちで、成果主義はいずこも同じかと……。村松さんからみた科学と美術の共通点はほかにどんなところがありますか?

村松 そもそもアートは「人や世界は何のために存在するのか」「この世の中はどう変わっていくのか」といった根本的な問いかけを営みの根底に持っていると思うんです。これは科学も同じ。例えば生物学は「生命とは何なのか」という問いを突き詰めていますし、物理学は「世界はどのように存在しているのか」と問い続けています。


ーー両者の共通点は、結果でなくそこに至るための営み、ということでしょうか?

村松 そうですね。真摯に考え続けること、当たり前なことを疑っていくこと、ということが共通しているように思います。

僕自身は特に、現代アートに興味があるのですが、すばらしいアーティストは、私たちをとりまく社会状況や連綿と続いてきた文脈なども含めて、とにかく「考える絶対量」が半端ではなく多いから、突き抜けた作品を成立させることができているのではないかと感じます。

また、すぐれた作品は、鑑賞者にも「考える」ということを自然に促す力を持っているものです。“ものの見方をどう変えられるか”という投げかけを常に鑑賞者へ問うているように思います。日常生活のなかで視点を変えていこうと思っても、なかなかそうしたきっかけはあるものではありません。でも、アーティストはクリエイティブな発想力で鑑賞者に「ほら」と促してくれます。例えば、今年の「ヨコハマトリエンナーレ」でも画鋲を金屏風に見立てた作品や、大量の人工ダイヤモンドの中にたった一つの天然のダイヤモンドが混じっている作品などがありましたが、こうした作品は鮮やかに私たちの視点を変えてくれますよね。現代アートと触れていけば、鑑賞者は常に思考を揺さぶられていきますし、視点を変えながら物事を立体的に考えられる機会も増えて、考える量も幅も増えていけるように思います。

一方で、科学も私たちに新しいものの見方を提示してくれたり、視点を変えてくれたり、考えさせてくれる力を持っていますよね。例えば、クローン羊ドリーは生命そのものの見方を変えてしまいましたし、最近ではニュートリノが光よりも速い速度で動いていたという観測結果が示され、本当なのかどうか大きな議論を呼んでいます。こうした一つ一つの知見が、私たちに新たな思考を促しているようにも感じられます。そもそも、科学者がすぐれた研究をしていくためには、当たり前のことをやっていくだけではなく、どれだけ常識を疑えるか、どれだけ他の人が抱かないような発想ができるか、といった能力が必要になってきます。ちょっとした実験のブレや、失敗から何を気づけるか、という気づきの力も大事だったりもします。「考える絶対量」が問われますし、どう見方を変えられるか、という力がとても大切なのだと感じます。

科学は、何かがわかるようにと営まれているものですが、実際には、ロジカルに考えていくと「わからない」ということがわかる、なんていうことが起きたりもするんです。


ーー「わからないこと」がロジカルに「わかる」、ですか?

村松 そうですね。科学はナゾに対して、仮説→実験・検証・分析→結果というロジカルな思考をしますが、1つの発見が新しいものの見方を提示してくれているのであれば、そうした新たな見方がさらにその先にあるたくさんの「わからないこと」の存在に気づかせてくれるわけです。この先の見えない混沌とした世の中で、わからないことがあるのだ、ということと向き合わせてくれる、という営みはとても重要だと考えています。


ーー美術にもそういった面がある?

村松 僕自身が現代アートのことを好きなのは、その世界では「わからないこと」は「わからないままでいい」と許容してくれる世界であるように感じられるからです。アーティストは「結論はないかもしれないけど、まずは考えてみてください」と大手を振って世の中に問いかけることができますよね。例えば「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」のようなアートプロジェクトを観に行くと、「何だか全然わからないね、この作品」などというのが人里離れた民家などに何気なくあったりして、そうした作品をめぐっていくうち、自分がどのように考えてもかまわないんだ、という気持ちになってくる。現代アートにはそんな気持ちを許容してくれるような、「絶対などない」といういい意味での「懐の深さ」を持っているように感じます。「わからなくてもいい」を許してくれる現代アートは、ひとっ飛びに成果や結論を望むいまの社会では貴重な存在ではないでしょうか。


ーー「わからない」=考えないではなく、「わからない」ことが鑑賞者に考えることを促す、ということですよね?

村松 「んー、わからない…」と思っている時は大概考えているんだと思います。そして、わからない、とわかる(笑)。そうしてグルグル考えていくプロセスそのものが大切なのではないかと。

僕は長年「環境ホルモン」問題を取材で追いかけ続けているのですが、そこで実感するのは、この問題の本質は、いい・悪いが「わからない」ということなんです。科学的に考えていくと、環境ホルモンは安全なのか危険なのかがわからない、ということなのです。そうした「わからない」問題が露呈したわけです。

さらに言えば、先の見えない現代社会の中には、実はこうした「わからなさ」がたくさん存在していて、それらとどう向き合っていけばいいのかを考えることがとても大切なことだと感じています。意見や視点をただ対立させるのではなく、議論をどう成熟させていくか、わからないなりにどういう方向へと進めていけるか、といったことを真摯に考えることだったりする。『すイエんサー』も「わからなさ」とどう向き合うか、そうした思考の鍛え方がテーマでもあります。


ーー2011年10月にリニューアルオープンしたNHKスタジオパーク内に新たに設けられた『すイエんサー』と『ためしてガッテン』の展示コーナー(はてなルーム)でも、「グルグル思考」を促すように工夫を凝らされたそうですね?

村松 「はてなルーム」展示の企画を担当しました。両番組の豊富な中身をクイズ仕立てにしたのですが、単なるクイズではなく、コーナーを歩き回らないと答えにたどり着けないような仕掛けにしました。「疑問」から「正解」までに物理的な距離をおき、発見する楽しみをつくること、そうして、人が「どうしてなんだろう?」と考える“間”をつくること、さらに正解を見る前にもう一度どうして?と考えてもらえるようワンクッション入れること、そんな工夫を施してみました。

番組制作の上でも、理屈やカラクリを素直に教えるのは簡単です。しかし、そうしたやり方では、ただ教わるだけになってしまい、相手の心には残らないことも多いものです。あえて理屈やカラクリを“教えない重要性”を提示すること―視聴者が自ら答えを探っていくように促す―これは非常にハードルが高い作業です。展示を担当して、さらに難しさを実感しました。

hatena1「はてなルーム」の展示風景。『すイエんサー』と『ためしてガッテン』にまつわる様々なコンテンツが楽しめるようになっている。
NHK
hatena2クイズは、柱部分に「?=疑問」、壁面に「!=答え」がある、という構成に。しかし答えもすぐにはわわからない仕掛けが……。

NHK



ーー今日は、科学とアートとの目からウロコの関係がみえてきました。ありがとうございました。

読者のみなさんも機会があれば、「すイエんサー」をご覧頂き、またNHKスタジオパークへお運びください。「グルグル思考」へのヒントをたくさん発見できます。

(聞き手=高橋紀子・染谷ヒロコ 構成=染谷ヒロコ)

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プロフィール/むらまつ・しゅう
NHK「すイエんサー」制作統括、NHKエデュケーショナル科学健康部シニアプロデューサー。
1990年、NHKに入局。以来、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」「サイエンスアイ」「ためしてガッテン」等を担当し、環境、先端科学、医療、研究倫理、生活科学、自然など多方面のジャンルの科学番組を手がける。特に環境分野では「環境ホルモン」問題を日本で最初に取り上げ、その後も率先して数々の番組で報道を続けてきた。また、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」では研究不正の問題を提起。一方でサイドワーク的に美術番組も制作、「迷宮美術館」の開発も担当。「地球!ふしぎ大自然」など新番組の立ち上げも多い。バンフ・テレビ祭ロッキー賞、科学ジャーナリスト大賞など、受賞多数。
主な著作に『論文捏造』(中央公論新社、2006年)、『生殖に何が起きているかー環境ホルモン汚染』(日本放送出版協会、1998年)、『科学者ってなんだ?』(共著、丸善、2007年)などがある。
「科学と社会をつなぐ」科学コミュニケーションが注目され始めた時期に、「美術と社会をつなぐ」アートナビゲーターの存在を知ったことがひとつのきっかけとなり「美術検定」を受験、テレビ業界初のアートナビゲーターに。

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