アートナビゲーターのための講演会 「ジャクソン・ポロック」レポート
アートナビゲーターのいけだまさのりです。
今回はアートナビゲーターの自己研鑽の機会として行われた講演会をレポートします。
今回はアートナビゲーターの自己研鑽の機会として行われた講演会をレポートします。
真冬の底冷えのする2012年1月28日(土)の夕刻、東京・池袋にて、ジャクソン・ポロック研究の専門家である藤枝晃雄・武蔵野美術大学名誉教授を迎えた講演会「ジャクソン・ポロック:その絵画と背景」が開催されました。奇しくもこの日は100年前にジャクソン・ポロックが生誕した日でした。
藤枝氏には、多くのポロック作品のスライドと共に、約2時間にわたる熱のこもった密度の濃い講演をしていただきました。

●ポロックの表現とは?
この講演では、ポロックが“何を”というより“どのように”描いているかが様々に論じられました。
消去法により、消すことによって描かれたイメージが現われる。中心を浮かび上がらせる背景を隠す。絵具を撒くようにして描くポーリング(pouring)。徹底して平面的であり、画面全体がイメージで覆われている。同一模様、均質なものが繰り返され、画面一杯に広がるオールオーヴァー(allover)。前景・中景・後景がなくなり、色彩によって描かれた空間・絵画表現。何も描かれていない面であるキャンバスに、線と点が浸み込む。作品自体が芸術である自然であり、作品全体が表現をもった客体である…
作品を安易に社会や時代の意味の中に置いてしまうのではなく、作品自体を深く見つめることによって、ポロックが垂直の支持体を水平の平面に置き換えて新しい描き方・表現を探求していた姿が浮かんできました。
●文化や分野をまたぐポロックの好奇心
作品の背景として、ポロックのさまざまな分野への関心、例えば東洋文化、アメリカ・インディアン、文化人類学、英雄神話、狼、古代メソポタミア・エトルリアの墳墓、中国風景画、ユダヤ教、シナゴーグ、宇宙論、一元論的自然論、金剛般若経、リリシズムなどが言及されました。
●ポロック作品を巡る人々
ポロック作品の関連から、同時代の様々な作家についても語られました。例えば、ポロックの絵画に現われる地平線は師のトーマス・ハート・ベンソンからの学びが読みとれるが、ポロックは師の伝統的な遠近法にはもはや留まっていない。平面性、明暗などピカソからの影響が見られるが、ピカソが描いた人物の肉体性を超えたものをポロックは描いている。大胆に黒を使うのはミロからの、黒と赤の線はカンディンスキーからの影響が見てとれる。ハロルド・ローゼンバーグはデ・クーニングに対しアクション・ペインティングと評したが、ポロックも手と足と体全体を使って描いたものの、それは描く技法であってアクションが本質ではない。写真や映像が視覚芸術として成立してきた20世紀にあって、ポロックを始めとした同時代の作家たちが、如何に絵画を作品として深めることに取り組んできたのかが改めて認識させられました。
この講演で個人的に最も記憶に残ったのは、藤枝氏が「グリーンバーグが述べた純粋視覚性(eyesight alone)」と「19世紀初頭に或る美学者が残した言葉、芸術は視覚の表象」にあるように、見る眼が一番重要である、と話されたことでした。自分を振り返ると、小さな子供たちが作品を純粋に見るように作品を見ることができず、キャプションに頼っている至らなさを感じてしまいました。
なお今回の講演会は、アートナビゲーターの大木さんがアートナビゲーター同士の自己研鑽の場として企画されたものです。次回のブログでは、大木さんに講演会の企画実施に至るまでのプロセスをご報告いただく予定です。どうぞ次回のブログも楽しみにお待ち下さい!
【参考書籍】
藤枝氏のジャクソン・ポロック著作は、以下の3冊です。
藤枝晃雄『ジャクソン・ポロック』美術出版社、1979年
藤枝晃雄『ジャクソン・ポロック』スカイドア、1994年
藤枝晃雄『新版ジャクソン・ポロック』東信堂、2007年
【展覧会情報】
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は2012年2月10日(金)より、東京国立近代美術館にて開催。
詳細はこちら→ http://pollock100.com/
プロフィール
2005年にアートナビゲーター1級(「美術検定」1級の前身)に合格。会社員の傍ら週末は美術館に通っていましたが、美術への知識をより活きたものにしたかったので試験にチャレンジ。合格後は、都内の私立美術館で現代美術のボランティアガイドなどにも就く一方で、アートを通して現在の仕事(社内研修関係)にも違った目で取り組み中です。
藤枝氏には、多くのポロック作品のスライドと共に、約2時間にわたる熱のこもった密度の濃い講演をしていただきました。

●ポロックの表現とは?
この講演では、ポロックが“何を”というより“どのように”描いているかが様々に論じられました。
消去法により、消すことによって描かれたイメージが現われる。中心を浮かび上がらせる背景を隠す。絵具を撒くようにして描くポーリング(pouring)。徹底して平面的であり、画面全体がイメージで覆われている。同一模様、均質なものが繰り返され、画面一杯に広がるオールオーヴァー(allover)。前景・中景・後景がなくなり、色彩によって描かれた空間・絵画表現。何も描かれていない面であるキャンバスに、線と点が浸み込む。作品自体が芸術である自然であり、作品全体が表現をもった客体である…
作品を安易に社会や時代の意味の中に置いてしまうのではなく、作品自体を深く見つめることによって、ポロックが垂直の支持体を水平の平面に置き換えて新しい描き方・表現を探求していた姿が浮かんできました。
●文化や分野をまたぐポロックの好奇心
作品の背景として、ポロックのさまざまな分野への関心、例えば東洋文化、アメリカ・インディアン、文化人類学、英雄神話、狼、古代メソポタミア・エトルリアの墳墓、中国風景画、ユダヤ教、シナゴーグ、宇宙論、一元論的自然論、金剛般若経、リリシズムなどが言及されました。
●ポロック作品を巡る人々
ポロック作品の関連から、同時代の様々な作家についても語られました。例えば、ポロックの絵画に現われる地平線は師のトーマス・ハート・ベンソンからの学びが読みとれるが、ポロックは師の伝統的な遠近法にはもはや留まっていない。平面性、明暗などピカソからの影響が見られるが、ピカソが描いた人物の肉体性を超えたものをポロックは描いている。大胆に黒を使うのはミロからの、黒と赤の線はカンディンスキーからの影響が見てとれる。ハロルド・ローゼンバーグはデ・クーニングに対しアクション・ペインティングと評したが、ポロックも手と足と体全体を使って描いたものの、それは描く技法であってアクションが本質ではない。写真や映像が視覚芸術として成立してきた20世紀にあって、ポロックを始めとした同時代の作家たちが、如何に絵画を作品として深めることに取り組んできたのかが改めて認識させられました。
この講演で個人的に最も記憶に残ったのは、藤枝氏が「グリーンバーグが述べた純粋視覚性(eyesight alone)」と「19世紀初頭に或る美学者が残した言葉、芸術は視覚の表象」にあるように、見る眼が一番重要である、と話されたことでした。自分を振り返ると、小さな子供たちが作品を純粋に見るように作品を見ることができず、キャプションに頼っている至らなさを感じてしまいました。
なお今回の講演会は、アートナビゲーターの大木さんがアートナビゲーター同士の自己研鑽の場として企画されたものです。次回のブログでは、大木さんに講演会の企画実施に至るまでのプロセスをご報告いただく予定です。どうぞ次回のブログも楽しみにお待ち下さい!
【参考書籍】
藤枝氏のジャクソン・ポロック著作は、以下の3冊です。
藤枝晃雄『ジャクソン・ポロック』美術出版社、1979年
藤枝晃雄『ジャクソン・ポロック』スカイドア、1994年
藤枝晃雄『新版ジャクソン・ポロック』東信堂、2007年
【展覧会情報】
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は2012年2月10日(金)より、東京国立近代美術館にて開催。
詳細はこちら→ http://pollock100.com/

2005年にアートナビゲーター1級(「美術検定」1級の前身)に合格。会社員の傍ら週末は美術館に通っていましたが、美術への知識をより活きたものにしたかったので試験にチャレンジ。合格後は、都内の私立美術館で現代美術のボランティアガイドなどにも就く一方で、アートを通して現在の仕事(社内研修関係)にも違った目で取り組み中です。
| アートナビゲーター活動記 | 10:30 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑