美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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ミュージアムへと続くプロジェクト~市民有志の挑戦~

小田原在住のアートナビゲーター、野口誠之です。
「長谷川潾二郎展」~あの猫に会いたい~を小田原市と共催した市民団体、「おだわらミュージアムプロジェクト」を展覧会のボランティアとして加わった私から紹介いたします。


「私たちが引き受けるしかない。」

おだわらミュージアムプロジェクト(OMP)」代表幹事の木下泰徳さんは決断した。
2010年4月、平塚市美術館を皮切りに全国を巡回し、NHK「日曜美術館」でも取り上げられた「長谷川潾(りん)二郎展」。その平明、静謐、孤高と表現された作品の一部を所有する収蔵家から、ゆかりのある小田原市に作品を貸出してもよいとの申し出があったのだが、美術館を持たず専門の学芸員もいない小田原市では、名だたる公立美術館での巡回展で好評を博し、再評価の進む長谷川潾二郎を扱うことは荷が重く、市主催の企画展開催は難しいだろうと思ったからだ。

相模湾を望む城下町小田原を中心とした西湘地域には、かつてその温暖な気候に惹かれて多くの作家、政財界の要人などが、別荘や居宅を構えた。近代小田原三茶人と呼ばれる益田孝(鈍翁)、野崎廣太(幻庵)、松永安左エ門(耳庵)などを中心として、文化芸術を愛でる気風が生まれ、個人で美術品を所蔵する愛好家も多かった。

しかし、現在ではその保管に悩む所有者も多く、このままでは、貴重な郷土の美術作品が散逸、劣化してしまう。そんな危機感から、それらの美術品の収集、保管、調査、そして市民への定期的な公開を訴え、美術館の創設を目指そうと2011年3月に立ち上げられた有志団体が、「おだわらミュージアムプロジェクト」である。

市内でギャラリーを運営する木下代表をはじめ、メンバー7人は、自ら作品を制作したり、美術を語るブログを持っていたり、親子三代で美術を生業とするなど、それぞれ地元で活躍する作家や美術愛好家であり、長谷川潾二郎という優れた芸術家の作品を身近で鑑賞できる喜びを多くの人と共有できるなら、と共催者となることに、否はなかった。
sagyoしかし、実質的な展覧会の企画運営者となったOMPメンバーは、協賛者・ボランティアの募集、図録、ポスター・リーフレットの作成や印刷、展示パネル・案内看板の作成等々、次から次へと美術館スタッフのように業務をこなしていく日々を送ることとなったのだ。


kinenkan2012年1月7日、奇しくも潾二郎の誕生日、「長谷川潾二郎展」は松永耳庵の旧居「老欅荘」に併設された松永記念館で始まった。

潾二郎再評価のキーパーソン、平塚市美術館館長代理の土方明司さんの講演会は定員の倍近い参加者を集め、底冷えのする会場は初日から熱気を帯びていた。


小さな会場での作品数38点のささやかな展覧ではあったが、最終日までの24日間の会期中、総来場者は2,375人を数えた。この間メンバーは、チケット、パンフレット等の販売、アンケートの回収、整理などを休みなくこなし、公募したボランティアとともに来館者を心をこめて迎え続けた。
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その甲斐あって、潾二郎展は来館者アンケートの回収率は高く、素人の運営に対するお叱りもあったものの、そのほとんどが感動、感謝を伝えるもので、展覧会としては成功したと言えるだろう。
しかし、OMPのメンバーにとって、それはうれしいことではあるが、次にどう繋げていくかという新たな課題もまた生まれてくるのだ。自分たちだけが先を走っても意味がない。

新しい地域文化の潮流を感じつつ、行政を巻き込んで芸術のよりどころをつくろうというOMPメンバーの挑戦は始まったばかりだ。

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プロフィール
美術教育、受験講座等も全く受けていませんが、2007年、偶然知った第1回「美術検定」を30年来の美術館通いと愛読書である芸術雑誌などで得た雑学知識を駆使して受験、翌年1級合格。現在フリー(?)の美術ボランティアとして、活動しています。
美術展チケットが捨てられず、アートにはまるきっかけとなった1980年の「イタリア・ルネッサンス美術展」のチケットも、律儀に取ってあります。

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