対話型鑑賞実践トーク・セッション@「mite!しまね」
こんにちは。「美術検定」実行委員会事務局です。
今回は2月11日に行われた、島根県立石見美術館の展覧会「mite! ね。しまねー島根県立美術館のコレクションを中心にー」関連プログラム「アメリア・アレナス・スペシャル・デイ」より「実践!トーク・セッション」のレポートをお送りします。
レポートしてくださったのは、小学校から大学までの図工・美術教材を全国の教材店を通じて卸・販売する美術出版サービスセンター、企画開発部の森泉彩子氏です。学校教材を企画する立場ならではの美術鑑賞への視点を含んだレポートになっています。
今回は2月11日に行われた、島根県立石見美術館の展覧会「mite! ね。しまねー島根県立美術館のコレクションを中心にー」関連プログラム「アメリア・アレナス・スペシャル・デイ」より「実践!トーク・セッション」のレポートをお送りします。
レポートしてくださったのは、小学校から大学までの図工・美術教材を全国の教材店を通じて卸・販売する美術出版サービスセンター、企画開発部の森泉彩子氏です。学校教材を企画する立場ならではの美術鑑賞への視点を含んだレポートになっています。
はじめまして。美術出版サービスセンターの森泉です。
私は、教材の開発を担当していますが、日本全国のさまざまな美術教育の取り組みを商品開発に生かすべく,可能な限りですが現地に赴いて取材させていただいています。
学校教育現場では2002年以降、新学習指導要領の施行により「鑑賞教育」も柱の1つに据えた美術教育がすすめられ、全国でさまざまな取り組みが行われてきました。その際、作品を前に子どもに「どのような投げかけをするのか?」「どのような目標を達成させるのか?」という現場の戸惑いがありました。それまで、「造形表現」の指導に経験豊富な先生も新たな「鑑賞」の指導は未経験なケースが多かったのです。そこで、お手本にされたのは、ニューヨーク近代美術館が開発し、日本では元同館の教育部講師であったアメリア・アレナス氏らによって普及されつつあった「対話型の鑑賞手法」でした(詳しくはこちら)。
前置きが長くなりましたが、商品開発をするには様々な教育現場の取り組みを取材しなければなりません。今回、島根県立石見美術館で開催された「mite! ね。しまね」のゲスト・キュレーターであるアメリア・アレナス氏(※)が来日し、自らファシリテーターとなって実践トーク・セッションを開催されるということなので、参加してまいりました。その体験をご報告いたします。
アメリアのトーク・セッション
今回の参加人数は50名程度、美術教師や一般参加者などで構成されていました。
まず、アメリアはこう言いました。
「皆さん、このセッションはみなさんの意見で進行していきます。どんどん発言してくださいね」
参加者は作品の前に移動しその場に座りました。アメリアもその場に座り込みます。
アメリアは「さぁ、よくみて!どう感じる?」と投げかけました。
ここで気がつきましたがこの展覧会は、タイトルの「mite! ね」という言葉通り、広く一般の観覧者の「みる」視点を変えてくれるような工夫が数々ちりばめられています。
実際に作品の前に行くとすぐにあることに気がつきました。すべての作品にはキャプションが無いのです。みなさんも経験があるかと思いますが、美術館で作品をみるとき、作品をじっくり「みる」前についキャプションの作品・作者名、などをチェックしてしまいませんか?キャプションが無いと戸惑う方も多いと思います。
・・・・4,5分程経過した頃でしょうか?
ふいにアメリアが「さて、この絵をみてどう感じた?聞かせて!」と問いかけます。
挙手して指された人は発言します。例えば、森村泰昌《光るセルフポートレート(女優)/赤いマリリン》では、「すごくセクシー」「同じ、男として少しグロテスクな感じを受ける」という参加者の発言を注意深く聞いて「うんうん」「なるほどね。このニセモノの胸をつけている事にあなたは違和感を感じたのね!」と相槌を打ちます。けれど決して否定的な意見は言いません。

5~10名程度が発言すると、数名の「とても怪しい人物のようにみえる」という1つの発言に注目して、話題を掘り下げます。
「どうしてこの人物が怪しくみえると思ったの?」とまた意見を聞きました。
ここでアメリアも初めて自分の考えを少しだけ述べました。
「私はとても美しくそれを堂々と誇示していると感じたのだけど、あなた方の怪しくみえるという意見も面白いわね!」という風に。
たくさんの意見はいつも共有されます。参加者は他者の「みかた」を知り、驚いたり、関心したり。
「ここに描かれているのは実は男性が女性の本質を馬鹿にしていると感じる」という発言に対して「私は馬鹿にしているのではなく、女性への憧れを表現しているのだと思う」と参加者同士の会話のキャッチボールもさかんになります。
作品に興味が湧き会場が盛り上がってきて、もう少し意見をしゃべりたいなぁ!と楽しくなった頃、アメリアは「さぁ、次の作品の前にいきましょう!!」と、次に向かってしまいました。
なんとなく最初はこれではもの足りなく、作品名や作家名という情報を知りたくなりますが、それはお構いなしに次の作品の前へ行って、また同じことを繰り返します。
実は私自身も最初の作品では、作品名や作者名がとても気になりましたが、セッションの中でアメリアは、その場の雰囲気を少し変えたい場合にだけ、例えばセッションの終盤に作品名を明かしてくれたり、作者名だけ明かしてくれたりしました。こういった一連の鑑賞のセッションに慣れてくるとその場で議論したことによって、作品名や作家名があまり気にならなくなりました。それどころか、そこにある作品と自分が対峙し、鑑賞した人同士が意見を交換し共有し合った結果、作品をよく「みる」ことができて作品は強く印象に残ったのでした。
*****
子どもたちが学校の授業の一環で対話型の鑑賞する場合も、私が体験して得た感覚と同じかそれ以上に作品をよくみることができるでしょう。毎日顔をあわせているクラスメイトの意外な意見に、驚かされることもあるでしょう。ファシリテーターである先生が慎重に意見を聞き対話を促すこと、子どもたちが目の前にある作品から、情報を読み取り、友だちとコミュニケーションを行う一連の〈対話型鑑賞〉の流れを体験することによって作品は深く自分の心に刻まれていきます。そればかりなく、自分の考えを述べ、それぞれの人間が違った考え方をするということを知り、認めたり否定したり他者と関わりコミュニケーションすることによって、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力など社会において大変重要な能力を知らず知らずに身につけることができます。
現在、この〈対話型鑑賞〉を学び実践している学校現場の先生が増えています。未来を担う子どもたちが、こんな素敵な美術鑑賞体験をすることができれば、より良い未来になるような気がします。しかし、残念ながら、図工や美術の授業は、保護者などから軽視される傾向にあるようです。このような〈対話型鑑賞〉によって、他教科では学べない「生きる力」の基礎を子どもたちが身につける可能性があること。このことを保護者をはじめ子どもたちの周りの大人に伝えていくのも、私たち教材会社の重要な任務なのかもしれません。もちろん、私自身も「良い教材をつくろう!」と改めて感じることのできたアメリア・アレナス氏のトーク・セッションへの参加でした。
※アメリア・アレナス=現在、美術教育講師やゲスト・キュレーターとして世界中の美術館に招聘されている美術史家で元ニューヨーク近代美術館教育部講師。1998年に豊田市美術館、川村記念美術館、水戸芸術センターの共催で「なぜ、これがアートなの?」展を開催。同年ニューヨークMOMAでの取り組みをまとめた書籍『まなざしの共有』(淡交社)を日本向けに書き下ろし、ついで1999年にテレビ番組「ETVスペシャル〈最後の晩餐〉ニューヨークをゆく~僕たちが挑むレオナルドの謎~」では主演を務めています。
〈取材・文=森泉彩子(株式会社美術出版サービスセンター)〉
私は、教材の開発を担当していますが、日本全国のさまざまな美術教育の取り組みを商品開発に生かすべく,可能な限りですが現地に赴いて取材させていただいています。
学校教育現場では2002年以降、新学習指導要領の施行により「鑑賞教育」も柱の1つに据えた美術教育がすすめられ、全国でさまざまな取り組みが行われてきました。その際、作品を前に子どもに「どのような投げかけをするのか?」「どのような目標を達成させるのか?」という現場の戸惑いがありました。それまで、「造形表現」の指導に経験豊富な先生も新たな「鑑賞」の指導は未経験なケースが多かったのです。そこで、お手本にされたのは、ニューヨーク近代美術館が開発し、日本では元同館の教育部講師であったアメリア・アレナス氏らによって普及されつつあった「対話型の鑑賞手法」でした(詳しくはこちら)。
前置きが長くなりましたが、商品開発をするには様々な教育現場の取り組みを取材しなければなりません。今回、島根県立石見美術館で開催された「mite! ね。しまね」のゲスト・キュレーターであるアメリア・アレナス氏(※)が来日し、自らファシリテーターとなって実践トーク・セッションを開催されるということなので、参加してまいりました。その体験をご報告いたします。
アメリアのトーク・セッション
今回の参加人数は50名程度、美術教師や一般参加者などで構成されていました。
まず、アメリアはこう言いました。
「皆さん、このセッションはみなさんの意見で進行していきます。どんどん発言してくださいね」
参加者は作品の前に移動しその場に座りました。アメリアもその場に座り込みます。
アメリアは「さぁ、よくみて!どう感じる?」と投げかけました。
ここで気がつきましたがこの展覧会は、タイトルの「mite! ね」という言葉通り、広く一般の観覧者の「みる」視点を変えてくれるような工夫が数々ちりばめられています。
実際に作品の前に行くとすぐにあることに気がつきました。すべての作品にはキャプションが無いのです。みなさんも経験があるかと思いますが、美術館で作品をみるとき、作品をじっくり「みる」前についキャプションの作品・作者名、などをチェックしてしまいませんか?キャプションが無いと戸惑う方も多いと思います。
・・・・4,5分程経過した頃でしょうか?
ふいにアメリアが「さて、この絵をみてどう感じた?聞かせて!」と問いかけます。
挙手して指された人は発言します。例えば、森村泰昌《光るセルフポートレート(女優)/赤いマリリン》では、「すごくセクシー」「同じ、男として少しグロテスクな感じを受ける」という参加者の発言を注意深く聞いて「うんうん」「なるほどね。このニセモノの胸をつけている事にあなたは違和感を感じたのね!」と相槌を打ちます。けれど決して否定的な意見は言いません。

5~10名程度が発言すると、数名の「とても怪しい人物のようにみえる」という1つの発言に注目して、話題を掘り下げます。
「どうしてこの人物が怪しくみえると思ったの?」とまた意見を聞きました。
ここでアメリアも初めて自分の考えを少しだけ述べました。
「私はとても美しくそれを堂々と誇示していると感じたのだけど、あなた方の怪しくみえるという意見も面白いわね!」という風に。
たくさんの意見はいつも共有されます。参加者は他者の「みかた」を知り、驚いたり、関心したり。
「ここに描かれているのは実は男性が女性の本質を馬鹿にしていると感じる」という発言に対して「私は馬鹿にしているのではなく、女性への憧れを表現しているのだと思う」と参加者同士の会話のキャッチボールもさかんになります。
作品に興味が湧き会場が盛り上がってきて、もう少し意見をしゃべりたいなぁ!と楽しくなった頃、アメリアは「さぁ、次の作品の前にいきましょう!!」と、次に向かってしまいました。
なんとなく最初はこれではもの足りなく、作品名や作家名という情報を知りたくなりますが、それはお構いなしに次の作品の前へ行って、また同じことを繰り返します。
実は私自身も最初の作品では、作品名や作者名がとても気になりましたが、セッションの中でアメリアは、その場の雰囲気を少し変えたい場合にだけ、例えばセッションの終盤に作品名を明かしてくれたり、作者名だけ明かしてくれたりしました。こういった一連の鑑賞のセッションに慣れてくるとその場で議論したことによって、作品名や作家名があまり気にならなくなりました。それどころか、そこにある作品と自分が対峙し、鑑賞した人同士が意見を交換し共有し合った結果、作品をよく「みる」ことができて作品は強く印象に残ったのでした。
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子どもたちが学校の授業の一環で対話型の鑑賞する場合も、私が体験して得た感覚と同じかそれ以上に作品をよくみることができるでしょう。毎日顔をあわせているクラスメイトの意外な意見に、驚かされることもあるでしょう。ファシリテーターである先生が慎重に意見を聞き対話を促すこと、子どもたちが目の前にある作品から、情報を読み取り、友だちとコミュニケーションを行う一連の〈対話型鑑賞〉の流れを体験することによって作品は深く自分の心に刻まれていきます。そればかりなく、自分の考えを述べ、それぞれの人間が違った考え方をするということを知り、認めたり否定したり他者と関わりコミュニケーションすることによって、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力など社会において大変重要な能力を知らず知らずに身につけることができます。
現在、この〈対話型鑑賞〉を学び実践している学校現場の先生が増えています。未来を担う子どもたちが、こんな素敵な美術鑑賞体験をすることができれば、より良い未来になるような気がします。しかし、残念ながら、図工や美術の授業は、保護者などから軽視される傾向にあるようです。このような〈対話型鑑賞〉によって、他教科では学べない「生きる力」の基礎を子どもたちが身につける可能性があること。このことを保護者をはじめ子どもたちの周りの大人に伝えていくのも、私たち教材会社の重要な任務なのかもしれません。もちろん、私自身も「良い教材をつくろう!」と改めて感じることのできたアメリア・アレナス氏のトーク・セッションへの参加でした。
※アメリア・アレナス=現在、美術教育講師やゲスト・キュレーターとして世界中の美術館に招聘されている美術史家で元ニューヨーク近代美術館教育部講師。1998年に豊田市美術館、川村記念美術館、水戸芸術センターの共催で「なぜ、これがアートなの?」展を開催。同年ニューヨークMOMAでの取り組みをまとめた書籍『まなざしの共有』(淡交社)を日本向けに書き下ろし、ついで1999年にテレビ番組「ETVスペシャル〈最後の晩餐〉ニューヨークをゆく~僕たちが挑むレオナルドの謎~」では主演を務めています。
〈取材・文=森泉彩子(株式会社美術出版サービスセンター)〉
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