美術検定オフィシャルブログ~アートは一日にして成らず

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始動!大和市鑑賞教育プロジェクト

こんにちは。「美術検定」事務局です。
今回は神奈川県大和市で始まった、地方自治体・学校・市民・アートNPOの協働による、子どもたちのための「対話による美術鑑賞」教育プロジェクトをレポートします。


美術館を持たない地域の挑戦

大和市がスタートさせた「対話による美術鑑賞」教育プロジェクトは、美術鑑賞を通じて、次世代を担う子どもたちの「生きる力」をはぐくむことを目的に立ち上げられました。市民ボランティアが同市内の小中学校に赴き、美術鑑賞の授業をサポートするというものです。今年はトライアル期間としてモデル校での実践を行い、2~3年の内に市内全校で市民ボランティアによる鑑賞授業を実現しようとさせています。その後も継続的な支援ができるよう長期的な視点を持っているプロジェクトです。

このプロジェクトでは、大和市と同市の小学校元校長を筆頭とする同市の教育関係者・教育委員会、そしてアート・デリバリー事業などで鑑賞プログラム開発・実践・運営の実績を持つNPO法人 芸術資源開発機構(以下、ARDA)がそれぞれのプロフェッショナルな部分で手を組んで進行中です。すでに市民ボランティア1期生13名は、ARDAの講師による研修受講の真っ最中。初年度の今年は、1年をかけて市民ボランティアを鑑賞コミュニケーターと、学校と結ぶコーディネーターに養成していくそうです。

実は、大和市には公立美術館がありません。もちろん、近隣地域の美術館に子どもたちを連れて行くのも鑑賞授業としての1案ですが、意外にこれが難しいという現実があります。そのため、美術館に頼らなくても実践と継続が可能な美術鑑賞の手法が必要とされるのです。ここでARDAが提案したのが「VTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジー)」といわれる手法を用いた鑑賞教育のあり方を導入することでした。

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ARDAの三ツ木さんをファシリテーターにVTS手法で作品鑑賞体験をするボランティア

「VTS」は元ニューヨーク近代美術館の教育部長だったフィリップ・ヤノウィン氏と認知発達学者のアビゲイル・ハウゼン氏が20年以上の調査研究を重ね、主に子どもたちの言語能力やコミュニケーション能力の発達を促すために開発した美術鑑賞教育の手法です。ここでは対話的な鑑賞方法がとられています。また、アメリカは国土が広く地域的に美術館へ行けない子どもたちも多く存在すること、学校の授業など美術館外でも広く活用できるよう、作品画像を使ったプログラムを構成しているのも特徴の一つでしょう。もちろん、この手法は作品の実物を前にも適用できます。

ここで重要なのは、作品を観察するように「みること」を促し、それらについて考え、自分の言葉で話し、人の話も聞きながら各人が視野を広げていくことです。そのためには「ファシリテーター」と呼ばれる対話を引き出す人材が必須です。アメリカではその役を主に学校の先生や美術館のエデュケーターらが担っています。日本でも昨年から今年の春にかけてヤノウィン氏が来日し、ファシリテーター育成のセミナーを行いました。全国の小中学校の教師、美術館の普及担当学芸員、そしてARDAの三ツ木紀英さん(ARDA副理事長)といった、美術鑑賞に関わる人々がこのセミナーを受講し、それぞれの現場で実践を始めています。


協働のキーは組織を横断するコーディネート力と
課題共有促進力


今まで大和市のようなプロジェクトがどうして実現していないのか、また、どこに協働のための課題があるのかを、このプロジェクトの統括リーダー的存在である、ARDAの小口弘史さん(元損保ジャパン東郷青児美術館館長)に伺いました。
「大和市のプロジェクトは、損保ジャパン東郷青児美術館の館長として、東京都新宿区の小学校向け「対話型美術鑑賞」の導入時に体験した、役所や学校との協働の難しさから学んだことを応用しているものです。当時の新宿区では自治体と学校現場との横のネットワークができておらず、それぞれの情報共有もなされていないという現状を互いに知ってもらうことから始めなければなりませんでした。社会人の方ならおわかりと思いますが、同じ会社にいても隣の部署は何をしているかはっきりわかりませんよね。それがお役所と学校となれば、上に戴く官庁も違えば、それぞれの課題も異なります。情報共有すら非常に難しいわけです。この状況はどの地域でも同じだと思います」

同時に、小口さんは美術館がこのようなプロジェクトを実践する場合、人的・時間的・費用的な負荷が高く、現場の先生たちの温度差もまた課題になると指摘します。
「教育に関わるプロジェクトは長期継続が大切だと考えます。ところが企業系美術館は、企業にとって収益部門ではないわけですから、閉館が相次ぐ現状をみるとわかる通り、財政的にも逼迫している館も多く、先行き不透明です。その負荷を考えると館の継続そのものが困難に陥ることもあります。予算の削減が続く公立美術館も様々な難しさを抱えています。また、学校と連携する場合、現場の先生や学校の管理職との相互理解がなければ実現できません。美術鑑賞そのものの重要性は、「学習指導要領」に盛り込まれたことから少しずつ理解は広がっていると思われますが、美術館まで子どもたちを連れてきての授業となると、先生方に温度差があるのが現状です。子どものうちに美術館で本物にふれ、“友達と一緒に”作品について考えること、自分の言葉で考えを話す体験は大きなものを彼らの心にも残してくれると考えます。美術館がその機会を子どもたちに提供するには、現場の先生が動いてくれなければ始まりません。そういった経験を踏まえ、次世代をはぐくむための美術鑑賞教育は、地域ぐるみで実践していくことが継続のキーにもなると考えたのです」

このような経験を通じ、小口さんは大和市のプロジェクトについて、最初から大和市と教育現場、そして市民との協働、という形で提案されたそうです。
「大和市では「文化芸術振興条例」を設定しようという動きがありました。市の教育委員会や学校は文部科学省から降りている「学習指導要領」の鑑賞教育に取り組まなければならないという現実に直面しています。しかし、お互いの状況は知らないままです。そこで、まずは同市の小学校の校長会で研修講師の機会を得た折に市の条例設定について話し、子どもたちの「生きる力」をはぐくむという視点で学校と市が一緒に課題設定をしていく重要性を伝えました」
その後、校長会と小口さんは大和市長と同市文化振興課、同市教育委員会への働きかけを行い、今年2月に行われたシンポジウム「-対話による鑑賞教育-を考える」を皮切りに、本格的にプロジェクトを始動させたのです。


アートNPOと上手く協働するには

いかに教育現場と地方自治体が動き出しても、美術の鑑賞教育にたずさわる人材を育てるには、やはり専門家が必要となってきます。そこで、小口さんがつないだのがアートNPO法人のARDAでした。ARDAもこのプロジェクトの趣旨に賛同し、同法人の1事業として大和市のプロジェクトを組み込んだと言います。今回、ボランティア育成を担当する三ツ木さんも鑑賞教育についての研究と実践を重ねるプロフェッショナルです。

「大和市は独自でボランティア制度を維持するのが難しいということもあり、このプロジェクトのボランティアさんは全員、“ARDA管理の下で活動するメンバー”という体制をとっています。1期ボランティアには、学校とのコーディネーター的な活動もしていただく予定です」と、三ツ木さんは話します。VTSの背景理解に始まり、対話的な鑑賞の体験、学習指導要領や学校の授業についてなど、グループワークも織り交ぜながら、月に2回、毎回約2時間半の内容の濃い研修プログラムが組まれています。

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研修でグループワークに挑戦するボランティア


指定管理者制度や事業のアウトソーシングの浸透も含め、地方自治体からNPOへの協働事業や委託事業は確かに増えてきました。しかしながら、多くの受託事業は“協働”ではなく、NPOへの“丸投げ”が実態と言われています。NPOにはそれぞれ専門性や得意分野がありますから、それを活かすのは丸投げではないはずです。

ARDAで長く活動を続けている三ツ木さんに、今回のプロジェクトでの大和市との協働について教えていただきました。
「今回のプロジェクトでは、市の広報や予算、施設を管理する部署など組織内での根回しや連携が必要なわけですが、そのパートを大和市文化振興課が担ってくれています。シンポジウム会場の椅子並べのようなことまで、文化振興課の人たちが準備し、一緒に汗をかいてくれている。研修にも毎回、オブザーバーとして、大和市の担当者と元校長先生も来てくださいます。市政や学校に関わるところでは、NPOが外部から動かすには限界もあるのです。しかし、この体制ならば課題が出てくれば解決のスピードも格段に上がるはず。それぞれが得意分野を最大限に生かして最高のパフォーマンスを出す。そういう点でもこのプロジェクトはモデルになり得ると思いますし、本来の意味での“NPOの使い方”を知ってもらう機会になるのではないか、と考えています」

大和市文化振興課の佐藤正美さんも「この事業は大和市が主催する、大和市の子どもたちをはぐくむ事業です。公立美術館のない大和市でこのプロジェクトをすることは非常に意義のあることだと考えています。そして継続させなければいけません。そのためには私たちに何ができるのか、どの部分をプロに手伝ってもらうのか、常に考えて行動する必要があるはずです」と話してくれました。


地域ぐるみで次世代をはぐくむために

2001年の学習指導要領の改訂以来、特に小中学校では図工・美術の授業で鑑賞の項目が盛り込まれました。それを機に、学校の先生たちも学校内で鑑賞の授業を実施する工夫を重ね、美術館もまた学校向けに鑑賞プログラムを実践する館が増えています。しかし、そのほとんどが教師個人や各美術館の努力によってなされるケースが多く、地域ぐるみで関連機関が本来の意味での協働することにより子どもたちの鑑賞授業をサポートする、という体制は築かれていなかったのが実情でしょう。この大和市のプロジェクトが起爆剤となり、各地に次世代をはぐくむアート・プロジェクト実施の環境が整っていくことを願ってやみません。大和市のプロジェクトもスタートを切ったばかり。今後の道のりも少しずつレポートしていきたいと考えています。


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登場者プロフィール
小口弘史氏/おぐちひろし
美術鑑賞教育コーディネーター。NPO法人芸術資源開発機構会員。1973年に安田火災海上保険(現・損保ジャパン)に入社、2007年より損保ジャパン美術財団常任理事に転籍、損保ジャパン東郷青児美術館館長に就任。2011年より同館顧問に就任。現在、東京都美術館と東京藝術大学がすすめる「とびらプロジェクト」でも活動中。

三ツ木紀英氏/みつきのりえ
NPO法人芸術資源開発機構副理事長。フリーランス・アートプランナー。ARDAでは、地方自治体の受託事業を含め、子どもたち、高齢者、企業、被災地支援等のワークショップや鑑賞を重点にした展覧会の企画を手がけるほか、フリーランスにて展覧会企画や美術館・アートプロジェクトでの普及プログラムの企画運営を行っている。

(取材・文=染谷ヒロコ 本ブログ編集)

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