県内美術館の普及事業モデルを目指して:長野県信濃美術館 vol.2
2回目の「美術館レポート」は、長野県信濃美術館 東山魁夷館の普及事業についての続編です。
今回は、院内学級と特別支援学校との連携事業にフォーカスします。
今回は、院内学級と特別支援学校との連携事業にフォーカスします。
〈おでかけ美術館〉を病院へ
長野県信濃美術館 東山魁夷館が他施設と連携した継続的な普及活動に、長野県立こども病院での〈院内学級講座〉がある。これは2003年から始まり、月1回程度、子どもたちの状況に合わせ院内学級で子どもたちに美術体験をしてもらうものだ。同館の学芸員が主に東山魁夷のリトグラフと鑑賞シート、造形あそびのツールを持参して行うプログラムだ。同館が県内各地で行う〈おでかけ美術館〉事業の一環である。
ここで実施されている造形あそびは、ぬり絵や色彩パズル、あるいは前回紹介した「映す」のキットのようなものまで内容はさまざま。それらは作品によって学芸員自身で考え、開発している。
子どもたちにはあらかじめ、「みんなが面白いと思ったものは、美術館に来る小中学生に使っていくから、正直な感想を言ってほしい」とお願いしていると言う。それに応えてくれた子どもたちの意見から、前回紹介した「映す」キットは同館の定番鑑賞ツールとなったそうだ。
院内学級での造形あそびの様子。
上は「東山魁夷プログラム」、
下は「オリジナルパフェを作ろう」に取り組む子どもたち。

「この病院は、もともとボランティア組織もしっかりしていて、いろいろな講座があったんですね。医師からも開講にあたり注意点を事前に教えてもらえました。今では年に1度、美術館でも「おでかけ美術館展」と題して、子どもたちの作品や活動の様子を紹介しています」
既存の美術館プログラムの押しつけではなく、繊細な子どもたちへの配慮、彼らを能動的な参加者としてとらえた講座構成、協力者や組織の確保が、今に続く事業を形成している。
病院内で開催されている「おでかけ美術館展」展示風景。
現在では美術館でも開かれるようになった。
視覚のハンディキャップを乗り越えるアート鑑賞
同館のもう1つの継続事業に養護学校やろう学校、盲学校との連携がある。長野県松本盲学校とは、2009年から連携事業を行っている。
初年度は、信州大学に協力を仰ぎ、学生の作品を言葉と触覚から鑑賞する授業を行った。作品を作った学生と盲学校の生徒がペアを組み、学生が自分の作品を生徒に解説するという内容だ。これは、お互いにどんな説明や質問が飛び出してくるか予測できないため、アート作品を通じて双方のコミュニケーションを図る機会にもなった。
2年目には、同館所蔵の「木の造形作品」を学校に持ち込み、「五感を使っての」作品鑑賞を実施した。事前学習で作品について少し解説し、あとはとにかく生徒の考えるままに作品を体験してもらう。たとえば、触って形を確かめる、叩いて音を出してみる、転がしてみるといった具合に。

各自工夫しながら、積極的に作品を体験する子供たち。
土屋さんはこの授業をやってみて、「ここでは大きな発見があったんです。視覚で楽しむと思い込んでいたコマに熱中する子どもたちがいて。何が面白いのか尋ねてみると、音の変化や風の気配からコマの動き、スピードなどを感じられるって言うんですね。これは先入観で鑑賞を考えてはいけない、と目からウロコが落ちた瞬間でした」と話す。
この授業で使われた、
触って鑑賞できる木の造形作品は、
県内各地の学校に貸し出しを行っている。
こういった蓄積を経た今年、新しく着任した先生から「美術館に行ったことのない児童・生徒のために作品鑑賞をさせたい」という申し出があった。そこで再び信州大学の学生や卒業生に協力を仰ぎ、触れられる立体作品を貸し出してもらい、松本盲学校の教室に展示して、鑑賞学習を行っている。
作品の素材は石や布、木、石膏、モチーフは具象から抽象までそれぞれ異なるものが選ばれている。子どもたちには作品を直接触り、自分の感じたことなどを言葉にする、そして他者の意見を交えながら、より作品と向き合うという対話式の鑑賞方法を実践してもらったと言う。

今年実施した、作品鑑賞の様子。
作品に触れて素材や形を確かめる子どもたち。
「この作品はどんな感じがするの?って尋ねると、作品におなかをペタッと当てて、これは冷たいもの!という子もいれば、手触りを確かめながら何の形だろう?と一生懸命に考える子もいます。周りの人の意見を聞いたり、思ったことを発言したり対話を通して作品鑑賞を楽しんでいました」と土屋さん。
この授業を通じて、対話式の美術鑑賞がコミュニケーションを引き出すツールとしても有用なことを先生たちが理解してくれたことは、成果の1つだと言う。
「この授業の1か月後、先生が子どもたちを松本の美術館に連れて行ったそうです。そこでは子どもたち同士が対話をしながら作品を鑑賞していた、と報告を受けました」
作品が少しでも見える子どもたちは全盲の子どもたちに、これはね、と一生懸命説明をする、全盲の子たちは作品をイメージしながらたくさん質問をぶつけて、お互いに、ああ、こんな作品なんだって確認しあう。こんな風景が当たり前に展開されていたという。こう語る土屋さんは、嬉しさを隠さない。
「当館の役割は、こういった実践を重ね、県内の他の館でも同じような実践ができるようモデルを構築することにもあると思います。広い長野県です。早く他館との協力体制を築いていかなければ」と土屋さんは締めくくってくれた。
(画像提供=長野県信濃美術館 東山魁夷館)
取材・文/染谷ヒロコ(「美術検定」関連書籍編集)
長野県信濃美術館 東山魁夷館が他施設と連携した継続的な普及活動に、長野県立こども病院での〈院内学級講座〉がある。これは2003年から始まり、月1回程度、子どもたちの状況に合わせ院内学級で子どもたちに美術体験をしてもらうものだ。同館の学芸員が主に東山魁夷のリトグラフと鑑賞シート、造形あそびのツールを持参して行うプログラムだ。同館が県内各地で行う〈おでかけ美術館〉事業の一環である。
ここで実施されている造形あそびは、ぬり絵や色彩パズル、あるいは前回紹介した「映す」のキットのようなものまで内容はさまざま。それらは作品によって学芸員自身で考え、開発している。
子どもたちにはあらかじめ、「みんなが面白いと思ったものは、美術館に来る小中学生に使っていくから、正直な感想を言ってほしい」とお願いしていると言う。それに応えてくれた子どもたちの意見から、前回紹介した「映す」キットは同館の定番鑑賞ツールとなったそうだ。

上は「東山魁夷プログラム」、
下は「オリジナルパフェを作ろう」に取り組む子どもたち。

「この病院は、もともとボランティア組織もしっかりしていて、いろいろな講座があったんですね。医師からも開講にあたり注意点を事前に教えてもらえました。今では年に1度、美術館でも「おでかけ美術館展」と題して、子どもたちの作品や活動の様子を紹介しています」
既存の美術館プログラムの押しつけではなく、繊細な子どもたちへの配慮、彼らを能動的な参加者としてとらえた講座構成、協力者や組織の確保が、今に続く事業を形成している。

現在では美術館でも開かれるようになった。
視覚のハンディキャップを乗り越えるアート鑑賞
同館のもう1つの継続事業に養護学校やろう学校、盲学校との連携がある。長野県松本盲学校とは、2009年から連携事業を行っている。
初年度は、信州大学に協力を仰ぎ、学生の作品を言葉と触覚から鑑賞する授業を行った。作品を作った学生と盲学校の生徒がペアを組み、学生が自分の作品を生徒に解説するという内容だ。これは、お互いにどんな説明や質問が飛び出してくるか予測できないため、アート作品を通じて双方のコミュニケーションを図る機会にもなった。
2年目には、同館所蔵の「木の造形作品」を学校に持ち込み、「五感を使っての」作品鑑賞を実施した。事前学習で作品について少し解説し、あとはとにかく生徒の考えるままに作品を体験してもらう。たとえば、触って形を確かめる、叩いて音を出してみる、転がしてみるといった具合に。


各自工夫しながら、積極的に作品を体験する子供たち。
土屋さんはこの授業をやってみて、「ここでは大きな発見があったんです。視覚で楽しむと思い込んでいたコマに熱中する子どもたちがいて。何が面白いのか尋ねてみると、音の変化や風の気配からコマの動き、スピードなどを感じられるって言うんですね。これは先入観で鑑賞を考えてはいけない、と目からウロコが落ちた瞬間でした」と話す。

触って鑑賞できる木の造形作品は、
県内各地の学校に貸し出しを行っている。
こういった蓄積を経た今年、新しく着任した先生から「美術館に行ったことのない児童・生徒のために作品鑑賞をさせたい」という申し出があった。そこで再び信州大学の学生や卒業生に協力を仰ぎ、触れられる立体作品を貸し出してもらい、松本盲学校の教室に展示して、鑑賞学習を行っている。
作品の素材は石や布、木、石膏、モチーフは具象から抽象までそれぞれ異なるものが選ばれている。子どもたちには作品を直接触り、自分の感じたことなどを言葉にする、そして他者の意見を交えながら、より作品と向き合うという対話式の鑑賞方法を実践してもらったと言う。


作品に触れて素材や形を確かめる子どもたち。
「この作品はどんな感じがするの?って尋ねると、作品におなかをペタッと当てて、これは冷たいもの!という子もいれば、手触りを確かめながら何の形だろう?と一生懸命に考える子もいます。周りの人の意見を聞いたり、思ったことを発言したり対話を通して作品鑑賞を楽しんでいました」と土屋さん。
この授業を通じて、対話式の美術鑑賞がコミュニケーションを引き出すツールとしても有用なことを先生たちが理解してくれたことは、成果の1つだと言う。
「この授業の1か月後、先生が子どもたちを松本の美術館に連れて行ったそうです。そこでは子どもたち同士が対話をしながら作品を鑑賞していた、と報告を受けました」
作品が少しでも見える子どもたちは全盲の子どもたちに、これはね、と一生懸命説明をする、全盲の子たちは作品をイメージしながらたくさん質問をぶつけて、お互いに、ああ、こんな作品なんだって確認しあう。こんな風景が当たり前に展開されていたという。こう語る土屋さんは、嬉しさを隠さない。
「当館の役割は、こういった実践を重ね、県内の他の館でも同じような実践ができるようモデルを構築することにもあると思います。広い長野県です。早く他館との協力体制を築いていかなければ」と土屋さんは締めくくってくれた。
(画像提供=長野県信濃美術館 東山魁夷館)

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